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『発車オーライ!』 (全四章)
第二章「ときめきのラッセル車」

田崎さんは窓口で切符を売っている。
山都駅には駅員は一人しかいないので、
厚紙のような硬券切符に、
その場で「パチン!」とハサミを入れる。
汽車時間になっても汽車は来なかった。
田崎さんは待合室に出て来て、
「あのー、汽車よぉ、雪で遅れているみだいだ。
今、電話で聞いてみっから」
待合室の人は
「新潟のほう、いっぺ(たくさん)雪降ったからな」
再び田崎さんが待合室にやってきて、
「あのな、汽車よぉ、今さっき隣の駅を出たみでだ」
医者通いの老人達は、別に驚くわけでもなく、
「そうがよ(そうなんだ)」
と言って病院の評判を続けた。
しばらくして、
駅事務室の列車接近ブザーが鳴った。
老人や学生はホームに出て、
汽車が来る方を黙って見ている。
僕もホームに出て汽車が来るのを待った。
遠くからディーゼル機関車の音と、
客車のジョイント音が聞こえてくると、
真っ赤なディーゼル機関車がやってきた。
機関車は線路の雪を押して来たので、
顔中が雪まみれになっていた。
汽車が着くと田崎さんが、
「一緒に荷物を取りに行こう」と言う。
この列車には荷物車と郵便車が連結されているので、
どこかの街の誰かから送られてきた荷物を取りに行くのだ。
荷物車に行くと、
鉄格子の入っている重圧な扉が開いている。
既に、
荷物車掌はホームに荷物を降ろしていた。
荷物車掌は僕の顔を見るなり
「おやおや、山都駅は見習いさん付きかね。
でも、荷物は一つしかないよ」
今日の荷物は小さな段ボール箱ひとつだけだ。
近年はトラック輸送の宅配便に、
随分押されていると聞いていたが、
ここまでひどい状況だとは思わなかった。
荷物車の中に目をやると、
布団袋とみかん箱が3箱だけだった。
それに対して荷物車掌は2名いる。
そんな状況に少しだけ心が傷んだが、
それでも僕は小さな段ボールを大事に抱えて、
事務室に戻った。
その後、雪は小康状態になり、
この時を見計らって除雪作業が始まった。
保線管理室の職員はトラックに乗って出かけた。
駅には、町在住の国鉄OBが数名やってきて、
スコップだけの人海戦術で雪を片付ける。
13時から15時近くまで汽車はやってこないので、
この2時間が勝負なのだ。
ホームに積もった雪を片付け、
凍てついた氷はツルハシで砕き、
塩化ナトリウムを捲いて凍結を防ぐ。
そんな地道な作業を黙々もくもく。
作業が一段落すると、
作業員が事務室のストーブの周りにやってきて、
お茶を飲んで一服する。
「むかしな、たしか昭和38年にサンパチ豪雪ってあってな、
そん時なんか、この駅の線路は全部埋まってしまってな...」
僕はこの手の話が好きだ。
雪は鉄道にとって最大の敵だけど、
作業員もどこか楽しそうに話している。
作業員が帰ってしまうと、
山都駅に静寂が訪れる。
どんよりとしたグレーの空は、
いつしか真っ黒になり、
百葉箱の気温計はどんどん下がってゆく。
「雪が降らない分、冷えるな」
田崎さんは石油ストーブの火力を強くした。
そして何気なく、
「今日、ラッセル機関車来るみたいだぞ」
「本当ですか?でも、雪は止みましたよね」
「雪が止んでも、明日降れば汽車が止まっちまうよ。
ラッセル機関車が来るのは20時頃だな」
「20時か.....」
「それなら駅に泊まればいいべ」
「僕が駅に泊まってもいいんですか?」
「あー、いいよ。お母さんに電話しな」
「分かりました」
僕は母に電話した。
「高校には行かないで、そこに就職すれば」
母は電話を切った。
田崎さんは18時の汽車が行った後、勤務が終了する。
制服を脱ぎ、顔を洗い、布団を敷き、
どんぶりに白いごはんを盛って、
ストーブの上で温めたみそ汁をかけた。
おかずはお新香だ。
「さ、食べろ!」
「一日、お疲れさまでした」
「んだ、駅の仕事も大変だべ?」
「はい」
「お前さんが高校を出たら国鉄に就職しろ」
「でも、40人中でビッケですよ」
「そんじゃ、ムリだなぁ。
だけど、その前にここも無人駅になる話もあるんだよ」
「まさか、いくらなんでも無人ってことはないでしょう」
「無人どころか、国鉄も赤字で無くなってしまうかも」
田崎さんは茶碗を洗って、
「俺、先に寝るからな」
と、立て付けの悪い畳部屋の戸を開けて、
寝床に入った。
僕は事務室でぼんやり過ごしていた。
時計のカチカチ音、
石油ストーブの一定した送風音、
線路が冷えて「ゴトッ」という音が、
聞こえてくる。
僕ホームに出てみた。
ピーンと張りつめた空気、
凍てついた線路を、
ホームの照明が照らしている。
もう、田崎さんは眠ってしまった。
そう思うと、
僕はここの駅長になった気分になってきて、
鏡になった窓ガラスに敬礼をした。
誰かが今の僕を見たら、
きっと変なやつと思うだろう。
そんな冷静な自分もいたが、
ずっと、
ガラスの中にいる自分に敬礼をして満足していた。
時計を見ると、
だんだんラッセルがやってくる。
三脚にカメラをセッティングしてホームで待つ。
ストロボは使わないで夜景のムードで撮影しよう。
最近、覚えたてのスローシャッターに挑戦するのだ。
「ん?」
遠くの山々からエンジンの唸る音が一瞬だけ聞こえた。
その重低音は僕をじらすように、
聞こえたり、聞こえなくなったりする。
その後、一定の重低音が聞こえてきた。
通常の列車のように編成は長くなく、
たった一両のラッセル機関車だけなので、
とても特徴のある音だ。
僕は、線路か夜空か判別できないところを凝視していた。
すると、
暗闇を切り刻むような強烈な光が見えた。
その光は複数のライトを点灯しているので、
今まで見た事もない輝きだった。
でも、
強烈な光は止まっているようにも見える。
恐らく超低速で走っているのだろう。
「ピッーーーー」
甲高い汽笛が鳴る。
ラッセル機関車は、
時速20キロくらいのスピードでやって来た。
薄暗い運転室には数人の職員が乗っている。
機関士は制帽を被っているが、
機関士以外の職員は、
全員ヘルメットを被っている。
ラッセル機関車の前面には、
あまり雪が付いていなかった。
昼間に線路の雪を片付けたので、
あまり仕事はしてこなかったようにも見える。
僕はレリーズを持っていないので、
息を殺してシャッターを押す。
フィルムも少ないので節約しなければならないが、
数ショットを撮影した。
ラッセル機関車は、
山都駅で十数分の停車時間があるので、
職員は駅前の自動販売機でコーヒーを買って、
一服している。
そうちの1人がヘルメットを脱いで、
僕に話しかけて来た。
「写真撮りか?」
「はい」
「何でラッセルが来るのを知ってるん?」
ラッセル機関車は新潟から来ているので職員は新潟弁を使う。
僕は「田崎さんから聞いた」というのをグッとこらえて、
「雪がたくさん降ったから、来ると思って...」
「そうか、新潟のほうは雪がひどいぞ。
特に北陸のほうはダメら、会津は少ないな」
「雪で鉄道が麻痺しているのはNHKのニュースで見ました」
「でも、お前はモノ好きな。
普通は華のある特急とか人気あるんらろ?」
「いえ、僕は貨物とかラッセルとか地道に働く機関車が好きなんです」
「ほー、それは良かったい。今度は未明の2時に帰ってくるろ。写真撮るか?」
「さすがにムリです」
「じゃ、気を付けて帰れ」
ラッセル機関車は、甲高い汽笛を鳴らして出発した。
僕は真っ赤なテールランプをずっと見ていた。
僕は事務室に戻りストーブを消した。
そして、
田崎さんを起こさないように、
立て付けの悪い引き戸を開け、
布団にもぐった。
駅の初泊まりはとても興奮して、なかなか眠れなかった。
天井の木目が人の顔に見えたので、僕は布団の中にもぐった。
駅の布団は家の布団と違って、
大人の匂いがした。
翌朝、
田崎さんはどんぶりに白いごはんを山盛りにし、
ストーブの上でサッポロ一番を煮ていた。
おかずはシーチキンの缶詰にお新香の豪華版。
家では朝ご飯などロクに食べないくせに、
駅のごはんは一瞬のうちに平らげてしまった。
「ラッセル見たか?」
「はい、初めて見ました」
「それは良がった。あぁ、なんだべ、今日も雪だな」
「はい」
内心、雪で嬉しかったが、
家に帰っていない田崎さんの前では、
喜ぶわけにもいかなかった。
そんな山都駅に入り浸りの後、
汽車で通える隣町の高校を受験し、
僕はかろうじてその高校に合格し、
汽車で通える高校に行けて良かったなと、
担任の先生に褒められた。
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