『発車オーライ!』第三章

『発車オーライ!』 (全四章)
第三章「夢に向かう各駅停車」


高校に入ると、
僕は髪型を藤井フミヤっぽくした。
高校で新しい友達ができて、
放課後は駅には寄らなくなってしまった。
おこづかいは鉄道模型の代わりに、
レコードになってしまった。

しばし、
鉄道から音楽へシフトした高校生活を送っていたが、
町の公報誌で山都駅が昭和60年(1985年)3月14日に、
無人駅になる事が書いてあった。
ちなみに、その翌月の4月1日には電々公社がNTTに、
専売公社がJTになり、日本の公社が相次いで民営化された。

山都駅の無人化は、町民の間でも話題になった。
「町の玄関である駅が無人化とは!」
「非行少年の溜まり場になる」
そんな意見もあったようだが、
結局、町役場が町の人を採用し、
その人たちが切符を売ることに決まったが、
駅に制服を着た人がいないのは、
結局、無人駅と一緒だと思っていた。

山都駅が無人駅になる前日、
僕は田崎さんと斉藤さんの仕事を見に行くと、
二人は淡々と事務室の後片付けをしていた。

「おい、これ持ってけ!」

古い時刻表が出てくる度にこんな台詞が出て来た。
たくさんのお土産をもらった僕は、
「そろそろ帰ります」と言って、
さよならを行って駅を辞した。

翌日、駅に行くと、
私服を着た近所のおばちゃんが窓口に座っていた。

「あの、ラッセル機関車の来る時間って分かります?」
「え?ラッセルって雪をかく機関車?」
「はい」
「あのね、私たちは切符を売ることと、トイレの掃除だけしかしないのよ。
そういう情報は関係ないのよ」
「そうですか」

僕はがっかりしたわけでもなく、
家に帰って、
借りてきたレコードを聴いていた。

その後、
僕は高校3年になり就職する時期になった。
早速、進路相談室で鉄道会社の採用を聞いてみた。
先生の話によれば、
国鉄は1986年4月からJRになり、
現状ではとても人が多すぎるので採用どころではない。
しかし、私鉄なら募集があると言う。
先生はそう説明した後、僕の成績を見た。

「あなたは40人中40番目ね。それじゃ受からないわよ」

僕は、そんな成績でもどうにかなるだろうと思って、
「ライオンズ」というプロ野球球団を持っている会社を受験した。
学校の定員枠2名で受験者は3名だった。
彼ら2名は野球部所属で成績優秀。
それに比べて僕は帰宅部。
それでもダメ元で試験を受け、
数日後に試験の結果が電報で来た。

「ゴキタイニソエズ、セイブ」

初めて社会というものから、
僕自身が評価された。
正直、ショックだったが、
後日、3次募集で群馬の中小企業に就職した。
とにかく、どこかへ行けば、
鉄道の仕事に就けるかもしれない。
そんな漠然とした気持ちで汽車に乗り、
ふるさとを後にした。



『発車オーライ!』第二章

『発車オーライ!』 (全四章)
第二章「ときめきのラッセル車」





田崎さんは窓口で切符を売っている。
山都駅には駅員は一人しかいないので、
厚紙のような硬券切符に、
その場で「パチン!」とハサミを入れる。

汽車時間になっても汽車は来なかった。
田崎さんは待合室に出て来て、
「あのー、汽車よぉ、雪で遅れているみだいだ。
今、電話で聞いてみっから」

待合室の人は
「新潟のほう、いっぺ(たくさん)雪降ったからな」

再び田崎さんが待合室にやってきて、
「あのな、汽車よぉ、今さっき隣の駅を出たみでだ」

医者通いの老人達は、別に驚くわけでもなく、
「そうがよ(そうなんだ)」
と言って病院の評判を続けた。

しばらくして、
駅事務室の列車接近ブザーが鳴った。
老人や学生はホームに出て、
汽車が来る方を黙って見ている。
僕もホームに出て汽車が来るのを待った。

遠くからディーゼル機関車の音と、
客車のジョイント音が聞こえてくると、
真っ赤なディーゼル機関車がやってきた。
機関車は線路の雪を押して来たので、
顔中が雪まみれになっていた。

汽車が着くと田崎さんが、
「一緒に荷物を取りに行こう」と言う。
この列車には荷物車と郵便車が連結されているので、
どこかの街の誰かから送られてきた荷物を取りに行くのだ。

荷物車に行くと、
鉄格子の入っている重圧な扉が開いている。
既に、
荷物車掌はホームに荷物を降ろしていた。
荷物車掌は僕の顔を見るなり
「おやおや、山都駅は見習いさん付きかね。
でも、荷物は一つしかないよ」

今日の荷物は小さな段ボール箱ひとつだけだ。
近年はトラック輸送の宅配便に、
随分押されていると聞いていたが、
ここまでひどい状況だとは思わなかった。
荷物車の中に目をやると、
布団袋とみかん箱が3箱だけだった。
それに対して荷物車掌は2名いる。
そんな状況に少しだけ心が傷んだが、
それでも僕は小さな段ボールを大事に抱えて、
事務室に戻った。

その後、雪は小康状態になり、
この時を見計らって除雪作業が始まった。
保線管理室の職員はトラックに乗って出かけた。
駅には、町在住の国鉄OBが数名やってきて、
スコップだけの人海戦術で雪を片付ける。
13時から15時近くまで汽車はやってこないので、
この2時間が勝負なのだ。

ホームに積もった雪を片付け、
凍てついた氷はツルハシで砕き、
塩化ナトリウムを捲いて凍結を防ぐ。
そんな地道な作業を黙々もくもく。

作業が一段落すると、
作業員が事務室のストーブの周りにやってきて、
お茶を飲んで一服する。

「むかしな、たしか昭和38年にサンパチ豪雪ってあってな、
そん時なんか、この駅の線路は全部埋まってしまってな...」

僕はこの手の話が好きだ。
雪は鉄道にとって最大の敵だけど、
作業員もどこか楽しそうに話している。

作業員が帰ってしまうと、
山都駅に静寂が訪れる。
どんよりとしたグレーの空は、
いつしか真っ黒になり、
百葉箱の気温計はどんどん下がってゆく。

「雪が降らない分、冷えるな」

田崎さんは石油ストーブの火力を強くした。

そして何気なく、
「今日、ラッセル機関車来るみたいだぞ」
「本当ですか?でも、雪は止みましたよね」
「雪が止んでも、明日降れば汽車が止まっちまうよ。
ラッセル機関車が来るのは20時頃だな」
「20時か.....」
「それなら駅に泊まればいいべ」
「僕が駅に泊まってもいいんですか?」
「あー、いいよ。お母さんに電話しな」
「分かりました」

僕は母に電話した。
「高校には行かないで、そこに就職すれば」
母は電話を切った。

田崎さんは18時の汽車が行った後、勤務が終了する。
制服を脱ぎ、顔を洗い、布団を敷き、
どんぶりに白いごはんを盛って、
ストーブの上で温めたみそ汁をかけた。
おかずはお新香だ。

「さ、食べろ!」
「一日、お疲れさまでした」
「んだ、駅の仕事も大変だべ?」
「はい」
「お前さんが高校を出たら国鉄に就職しろ」
「でも、40人中でビッケですよ」
「そんじゃ、ムリだなぁ。
だけど、その前にここも無人駅になる話もあるんだよ」
「まさか、いくらなんでも無人ってことはないでしょう」
「無人どころか、国鉄も赤字で無くなってしまうかも」

田崎さんは茶碗を洗って、
「俺、先に寝るからな」
と、立て付けの悪い畳部屋の戸を開けて、
寝床に入った。

僕は事務室でぼんやり過ごしていた。
時計のカチカチ音、
石油ストーブの一定した送風音、
線路が冷えて「ゴトッ」という音が、
聞こえてくる。

僕ホームに出てみた。
ピーンと張りつめた空気、
凍てついた線路を、
ホームの照明が照らしている。
もう、田崎さんは眠ってしまった。
そう思うと、
僕はここの駅長になった気分になってきて、
鏡になった窓ガラスに敬礼をした。

誰かが今の僕を見たら、
きっと変なやつと思うだろう。
そんな冷静な自分もいたが、
ずっと、
ガラスの中にいる自分に敬礼をして満足していた。

時計を見ると、
だんだんラッセルがやってくる。
三脚にカメラをセッティングしてホームで待つ。
ストロボは使わないで夜景のムードで撮影しよう。
最近、覚えたてのスローシャッターに挑戦するのだ。

「ん?」
遠くの山々からエンジンの唸る音が一瞬だけ聞こえた。
その重低音は僕をじらすように、
聞こえたり、聞こえなくなったりする。
その後、一定の重低音が聞こえてきた。
通常の列車のように編成は長くなく、
たった一両のラッセル機関車だけなので、
とても特徴のある音だ。

僕は、線路か夜空か判別できないところを凝視していた。
すると、
暗闇を切り刻むような強烈な光が見えた。
その光は複数のライトを点灯しているので、
今まで見た事もない輝きだった。
でも、
強烈な光は止まっているようにも見える。
恐らく超低速で走っているのだろう。

「ピッーーーー」

甲高い汽笛が鳴る。
ラッセル機関車は、
時速20キロくらいのスピードでやって来た。

薄暗い運転室には数人の職員が乗っている。
機関士は制帽を被っているが、
機関士以外の職員は、
全員ヘルメットを被っている。

ラッセル機関車の前面には、
あまり雪が付いていなかった。
昼間に線路の雪を片付けたので、
あまり仕事はしてこなかったようにも見える。

僕はレリーズを持っていないので、
息を殺してシャッターを押す。
フィルムも少ないので節約しなければならないが、
数ショットを撮影した。

ラッセル機関車は、
山都駅で十数分の停車時間があるので、
職員は駅前の自動販売機でコーヒーを買って、
一服している。

そうちの1人がヘルメットを脱いで、
僕に話しかけて来た。

「写真撮りか?」
「はい」
「何でラッセルが来るのを知ってるん?」

ラッセル機関車は新潟から来ているので職員は新潟弁を使う。
僕は「田崎さんから聞いた」というのをグッとこらえて、

「雪がたくさん降ったから、来ると思って...」
「そうか、新潟のほうは雪がひどいぞ。
特に北陸のほうはダメら、会津は少ないな」
「雪で鉄道が麻痺しているのはNHKのニュースで見ました」
「でも、お前はモノ好きな。
普通は華のある特急とか人気あるんらろ?」
「いえ、僕は貨物とかラッセルとか地道に働く機関車が好きなんです」
「ほー、それは良かったい。今度は未明の2時に帰ってくるろ。写真撮るか?」
「さすがにムリです」
「じゃ、気を付けて帰れ」

ラッセル機関車は、甲高い汽笛を鳴らして出発した。
僕は真っ赤なテールランプをずっと見ていた。

僕は事務室に戻りストーブを消した。
そして、
田崎さんを起こさないように、
立て付けの悪い引き戸を開け、
布団にもぐった。

駅の初泊まりはとても興奮して、なかなか眠れなかった。
天井の木目が人の顔に見えたので、僕は布団の中にもぐった。
駅の布団は家の布団と違って、
大人の匂いがした。

翌朝、
田崎さんはどんぶりに白いごはんを山盛りにし、
ストーブの上でサッポロ一番を煮ていた。
おかずはシーチキンの缶詰にお新香の豪華版。
家では朝ご飯などロクに食べないくせに、
駅のごはんは一瞬のうちに平らげてしまった。

「ラッセル見たか?」
「はい、初めて見ました」
「それは良がった。あぁ、なんだべ、今日も雪だな」
「はい」

内心、雪で嬉しかったが、
家に帰っていない田崎さんの前では、
喜ぶわけにもいかなかった。

そんな山都駅に入り浸りの後、
汽車で通える隣町の高校を受験し、
僕はかろうじてその高校に合格し、
汽車で通える高校に行けて良かったなと、
担任の先生に褒められた。



『発車オーライ!』第一章

『発車オーライ!』 (全四章)
第一章「駅にて」


小池さんの思い出のレールの中で走る、ときめきの汽車は、
これから四つの駅に停まります。
いつしか我々は、北国の小さな汽車の乗客となって、
窓の外の雪景色を眺めることになるでしょう。
さぁ、発車オーライです。


第一章「駅にて」


2006年12月11日、
福島の新白河へ行ってきました。
新白河は今回で2度目です。
車窓から白くなりかけた那須連峰が見えて来た頃、
各駅停車の新幹線は新白河に到着しました。

暖かい車内からホームに降り立つと、
高原から吹いてくる風が肌を刺してきます。
白河と言っても、ここはみちのくの関所、
もう、冬の真っ只中です。

この街には、23年前、
僕のふるさとの山都駅でお世話になった、
田崎さんという駅員さんの家族が住んでいます。

23年前、僕は中学3年生でした。
高校受験の大事な時期だというのに、
僕は学校が終わると、
まるで部活動のように山都駅へ通っていました。

山都駅には田崎さんと斉藤さんという、
国鉄を定年になった駅員さん二人が、
交代で勤務していました。

どちらの駅員さんも僕が駅に遊びに行くと、
改札の向こう側にある事務室へ、僕を入れてくれました。
いつも二人は鉄道の昔話を聞かせてくれたり、
臨時列車の時間を教えてくれました。
また、
僕も学校の出来事を二人に話したりしました。

当時、僕の家は、
ばあちゃんとお母さんの3人暮らしで、
どちらも僕のために働いていたので、
僕の話を誰かに聞いて欲しかったのかも知れません。
でも、
それ以外にも理由があったのです。
僕はあまり学校が好きではなく、
成績は下から一番、
野球部は万年補欠、
当然、女の子にもモテず、
そんな感じの中学生でした。

唯一、僕の存在を認めてくれたのは、
山都駅とそこにいる駅員さんたちだったのかも知れません。

そんな山都駅の思い出はたくさんありますが、
とても心に残ってる事があります。
それは、
ある冬休みの一日でした。

僕は朝4時に起きました。
窓を開けると、昨夜からの大雪で、
町中が真っ白な世界になっていました。
ぼた雪がぼっさぼっさと降ってるので、
道にはタイヤや人の足跡もついていませんでした。

僕はすぐに着替えて、
使い捨てカイロを背中に入れ、
お母さんに買ってもらったカメラを、
レンズ部分だけをカッターで丸く切ったビニール袋に入れて、
息を殺して、忍び足で階段を降ります。
でも、古い家なので、
ぎしぎしと階段がきしみます。

別に怒られることはないのですが、
ばあちゃんとお母さんを起こさないためにです。
でも、僕の気配に気づいた猫が、
朝ごはんの時間と勘違いして、
野太い声でニャーと鳴きました。

「こら、静かにしろ!」

猫は玄関までついてきましたが、
ごはんもくれそうにもないし、
雪が玄関の中に舞ってきたので、
すぐに階段を上がっていきました。

僕は長靴を履いて外に出ました。
まず、雪に顔を突っ込んで手で擦って顔を洗い、
雪を口の中に入れて人差し指で歯を磨きます。

かなり冷たいですが、
これが完全に目が覚める方法です。
洗顔と歯磨きを終えると、
長靴で雪をこいで駅に出発します。

駅への道は、
誰も歩いてない道の真ん中を歩いて行きます。
時々、後ろを振り返って、
自分の足跡を見てみると、
僕の足跡がついているのですが、
数十メートル後ろは、
ぼっさぼっさと降る雪で消えていました。

山都駅の駅員さんの始業時間は朝6時からです。
ですから、この時間に行っても、
駅は無人なので電気は点いていません。
でも、駅に近づいてみると、
雪に駅の灯りが反射しており、
駅前には白いカローラが雪に埋もれていました。

この白いカローラは田崎さんの車です。
田崎さんは、
昨夜は家に帰らずに、
駅に泊まったわけです。

待合室に入ると、
田崎さんはストーブに火を入れていました。

「お、早いなっ!」
「はい。車があるんで.....」
「昨日、雪がひどいから泊まったんだよ」
「車が動かないのですか」
「いや、道がついていない(雪を片付けていないので通れない)からダメだ」
「雪、ひどいですもんね」
「お茶でも飲むか?」

僕は長靴の雪をはらって事務所に入った。
田崎さんは、
ストーブの上に乗っかっている、
大きなやかんから急須にお湯を入れ、
お茶とせんべいを出してくれた。

窓側にある、映りの悪い白黒テレビは、
NHKの天気予報を映し出しており、
実直そうなアナウンサーが、
「日本海側は低気圧の影響で大雪となる見込みです。
海上は時化た状態ですので船舶はご注意下さい。
今後も大雪情報にご注意ください」
と、緊張した声で伝えている。

「田崎さん、ラッセル雪機関車は走るかな?」
「分かんないな。でも、この調子で降り続けたら走っかもな」

僕は不謹慎ながら、
未だに見た事が無い、ラッセル機関車が走る事を期待した。

お茶を飲み終えると、
田崎さんはホームの雪掻きを始めた。
あまりにも雪が積もっているので僕も手伝った。
スコップで雪掻きをしていると、
僕も山都駅の一員のように感じられて嬉しかった。
寒いような、熱いような、
今まで感じたことがない胸の高鳴りを感じた。

「気をつけろよ、汽車来んぞ!」

田崎さんの声が飛ぶ。
汽車のライトが白い雪をオレンジ色に変える。
朝一番の貨物列車が通過してゆく。

「ピッーー!」

ディーゼル機関車の、短く乾いた汽笛が響くが、
一瞬のうちに汽笛は雪に吸収されてしまう。

そして、
僕らに気づいたであろう、
暗闇の運転室にいる機関士が、
白い手袋を僕らに振った。

「おはよう!今朝は雪がひどいね。
朝早くから雪掻きお疲れさま。
僕も夜中じゅう、一人で貨物列車を引っ張ってきたよ。
もうすぐ夜明けになるから、もう少し頑張ろう!」

そんな事は言っていないが、
白い手袋がそう話しているように思えた。

田崎さんはいつものように機関士に敬礼をしていた。
僕も敬礼をしようとしたが、
田崎さんと目が合ったので、
敬礼するはずの右手で頭を掻いた。

僕らは、貨物列車の赤いテールランプが見えなくなるまで、
ずっとホームに立っていた。

ようやく、辺りが明るくなる頃、
僕は朝食の時間になったことと、
濡れた軍手と靴下を交換するために、
家に戻った。

「また、駅行ってたの?あんた高校落ちるよ」
「大丈夫だよ、駅に教科書を持って行ってるから」
これが毎日の母との会話。

僕は朝ごはんを速攻で食べ、
お昼のおにぎり3個を握ってもらい、
軍手と靴下を交換し、
教科書の代わりに時刻表を持って、
装いを新たに駅に向かった。

駅は早朝に比べ活気があった。
バスが2台とタクシーが3台が停まっていて、
待合室では病院通いのばあちゃん達が、
先生の評判を口にしている。
バスとタクシー運転士はオロナミンCを飲みながら、
「いやー、雪ひでーなぁ」
「あの道はブルドーザーが来なくて酷い道だった」
と、大きな声で話している。
どうやら山奥のほうはかなり雪が積もっているらしい。

バスの隣に郵便局の真っ赤な車が停まった。
汽車の郵便車から郵袋を取りに来たのだ。
郵便の次は新聞屋さんも来て、
駅前広場は活気づき、
その駅前のヒマラヤ杉の下では、
おじいさんがキセルを吹かして汽車を待っている。

一方、
待合室の売店は大繁盛していた。
近所のおばちゃんが世間話をしながら、
ポン・ジュースを飲んでいる。
部活動に行く高校生は、
少年ジャンプを食い入るように見ている。
コスモのシャコタン車で、
隣街の工場へ通っている社会人は、
前面のカウルで雪を掻いてきたらしく、
カウルを心配そうに見て、
雪をどけていたが、
スポーツ新聞、あんぱん、牛乳を買って待合室で食べている。

駅はみんなの社交場で、
売店は汽車に乗る人、乗らない人を問わず、
大事な町の商店なのだ。



『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

『各駅停車と少年・辻本 』 (全二回)
〜後篇〜


午後3時すぎ。
交代の駅に電車が着き、
ドアを開けると僕の一日の仕事が終わる。
交代の車掌が、
「この、中学生知り合い?ずっと小池のこと待っているみたいだよ」
「おー、辻本!」
「今日は学校が早く終わったので、ここで待っていました」
「塾は?」
「今日は休みです」

急いで着替えてホームに向かった。
改札口では辻本が待っている。

「今日、中目黒に遊びに行ってもいいですか?」
「いいけど、電車賃あるのか?」
「ないです」
「じゃ、定期使えるとこまで電車で行って、そこから歩くぞ」
「それもいいですね」
「お金ないんだから、そうするしかないでしょ」

下北沢で降りた。
今時、古着を着てギターを担いでいる若者がいるのが下北沢っぽい。

「ね、下北沢好きですか?」
「あんまり降りる街じゃないな」
「ライバルの小田急が走っているから?」
「そう来たか」

ここから中目黒まで歩く。
軽く1時間はかかるだろう。
茶沢通りから淡島通りにぶつかった辺りで休みたくなってきた。

「な、コーラ飲まない?」
「え?コーラの代金120円を出すのなら切符代出して下さいよ」
「それとこれとは別なのだ。大体、僕は辻本の父親でもなく他人だぞ。
なんで辻本の電車賃を出さなきゃならないのさ」
「そりゃ、そうですね」
「じゃ、ここで休憩」
「休憩はいいですけど、ここでタバコは吸わないでくださいよ」
「俺は社会人だからここで吸ってもいいのだ」
「じゃなくて、この通りは学校の先生の帰り道なんです」
「わかった、わかった」


中目黒のアパートに着くと、
すっかり暗くなっていた。
辻本は僕の狭いアパートに入るなり、
「女っ気、無いですね」と笑った。
「シンプルな部屋と言え!」
「早く結婚してもらわないと困るんです」
「何でだ?」
「少子高齢化で日本がダメになります」
「少子高齢化と辻本のどこが関係あるのだ?」
「はい、少子高齢化が進むと、通学する鉄道利用者は減って、
鉄道会社への就職が狭き門になります」
「お前は鉄道会社に行かないで、お役人にでもなれ」
「それより、押し入れには何が入っていますか?」
「服と鉄道模型だ」
「鉄道模型をやりましょう」
「勝手にやっていいよ」

辻本は鉄道模型のレールを繋げて、
僕の白手袋をはめて模型を走らせている。
その間、僕は風呂に入るが、
半身浴をしている間に寝てしまった。

「あのー」
「むにゃむにゃ」
「死んでいるのかと思いましたよ」
「おい、今、何時だ?」
「7時です」
「他人様の家の電気が点いたら、家に帰るんだぞ」
「お邪魔した時から、とっくに電気は点いていましたよ」
「あのな、ここは日当たり悪いの。分かる?」
「じゃ、模型片付けます」
「いいよ、それは去年のボーナスで買ったドイツ製の模型だ。
壊されたらたまらんから俺がやっておく」
「じゃ、明日の7時20分に乗ります」
「たまには寝坊してもいいだんぞ」

僕は疲れ果てて寝てしまった。


翌日、7時18分。
何が入っているのか分からないが、
パンパンに膨れ上がったカバンを背負って、
辻本がホームで待っていた。
つかつかと僕のところにやってきて、
「昨日はお世話になりました」
「こちらこそ。もう発車だぞ」

車内に乗った辻本は生徒手帳を出してこう書いた。

「今日は何時に終わりますか?」
「3時すぎだ」
「心配しないでください。今日は塾です」

辻本は手帳をしまい、
漢字の教科書を出して、
こんな漢字を指差してこちらを見ている。

「嬢」

辻本は僕の表情を見てニヤりとしている。
「中学生と鉄道模型で遊んでいないで、
女性と付き合いなさい」という意味なのか?

辻本はその後、
すれ違う電車を見るために後ろを向いている。
僕も次の駅のアナウンスをすると、
車内に背を向け、過ぎてゆく風景をずっと見ていた。(完)



『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』

『各駅停車と少年・辻本』(全二回)
〜前篇〜


この2年間、
僕は毎日同じ電車に乗務しています。
電車が駅に着くと、
いつもの顔がいつもの表情で、
新聞や携帯電話を片手に電車を待っています。

ドアが開くと、
お客さんは足早にいつもの指定席に座り、
新聞を畳んで読み始めますが、
いつもの指定席に座れなかった人は、
席が埋まった電車を降りて並び直します。

車内の様子を見てみると、
会計士のテキストを勉強する若手サラリーマン、
経済新聞持参なのに携帯に夢中な就活中の女子大生、
友達とジャレあう小学生、ゲームで対戦中の中高生、
昨日の酒が完全に抜けていない団塊サラリーマン、
髪を切ったOLなど、
いつもの顔がいくつもの表情で車内にいます。

そんな車内の日常風景をぼんやり見ていたら、
通学の子供達と目が合ってしまいました。
朝の通勤電車でこちらを見ていると言えば、
まだ心に余裕がある子供達ぐらいです。

中学2年生の辻本は途中駅から乗ってきます。
車内では僕の目の前に立ち、
生徒手帳の余白に鉄道の質問を書いて、
ガラス越しに筆談を求めてきます。

「○○系電車はいつ廃車ですか?」
「今、仕事中なんで、後で」
「今日は何時に終わりますか?」
「3時頃」

「後で」と、迷惑がっているそぶりを見せながらも
他のお客さんに見つからないように筆談するのは、
ちょっとした悪戯をしているみたいで、なんだかドキドキします。
そういえば昔、授業中に友達と筆談した事もありました。
辻本は筆談が終わると後方を凝視し、
すれ違う電車の番号を確認していました。


高校3年生の吉田は中学校時代からの顔なじみで、
地元の学校でいじめにあって登校拒否になり、
その後、私立に編入し、電車に乗ってくるようになりました。
彼も大の鉄道ファンですが、
電車の話は少しだけで、
父親とうまくいかない事や学校で起きたいじめの話をしていました。

「好きな電車に乗れるんだから学校は行かなくちゃね」
「今の学校はいじめがないんです」
「へぇ、なんで?」
「いじめられたやつしかいないので」

そんな吉田もいつの間にか高校3年になり、
就職試験を受けたそうです。

「JRと京王を受けたけどダメでした」
「そうかぁ」
「なので、就職せずに専門学校へ行きます。
そのために新宿のファミレスでバイトを始めるんです」
「偉いな。今までお母さんに小遣い貰っていたもんな。
ま、専門学校を卒業してからでも鉄道会社は受験できるしね」
「はい、次は受かるようにがんばります」
「じゃ、今度、ファミレスに顔出すよ」
「待ってます」
吉田は人混みの中へ消えていった。


僕と目が合うのは乗客だけではなかった。
ある駅前の小さな自転車屋の前では、
女の人が犬を抱いて誰かに向かって手を振っている。

よくよく見てみると、
その女の人は犬の散歩を兼ねて、
会社に行くご主人を見送っていたのだ。

まず、ご主人が電車に乗り込む直前に犬を抱きかかえ、
犬の腕を掴み一度目のバイバイをする。
ドアが閉まり電車が動きだすと、
二度目のバイバイをする。

腕を掴まれた犬は全く関係ない方向を見ているが、
尻尾は勢いよく振っているから嬉しそうだ。

そのうち奥さんはこちらにも手を振るようになり、
僕も手を振り返すようになった。

ある日の午後、
乗務員室の前でこちらを覗いている人がいた。

「7時42分の車掌さんですよね?」
「え?」
「毎朝、犬を抱いてバイバイしている者です」
「あっ、コーギーの....」
「でも、何でこんな時間に乗っているの?」
「え、ちょっと体を壊してしまって」
「あ、そうなの..お大事にね...。
でも、最近、あなたは7時42分に乗っていないわね?」
「はい、時間が変わって7時30分になったんです」
「そうなの..」
「ところで犬の名前は何ていうのですか?」
「ロンよ」

その後、奥さんとロンは7時30分に現れるようになった。
つまり、ご主人も7時30分の電車に乗ることになったのだ。
家族でどのような会話があってそうなったのだろうか。


昼食を食べて午後の乗務。
小学生達が学校から帰ってくる。
自由奔放な教育をする学校の子供達が乗ってきて、
さんざん車内をかけずり回った後、
こちらにやってくる。

「おっ、小池さん」
「宿題出た?」
「出ないよ」
「他の人の迷惑になるから静かにしろよ。
あと、網棚には登るな」
「わかったよー」

子供達は前の車両に走って行ってしまった。
すると、僕らの一部始終を見ていた、
別の学校へ通っている子供達がこちらへやってきた。

「車掌さんとしゃべってもいいの?」
「いいんだよ。今日は宿題出た?」
「宿題?塾が始まる前にやっちゃうよ」
「ふーん、そんでいつ遊ぶの?」
「塾が終わってからコンビニの前で遊ぶよ」
「それって何時頃?」
「夜10頃だよ」
「僕は夢の中だよ」
「大人なのに寝るの早いよ」

夜の10時にならないとこの子たちの各駅停車は発車しないのか、、、、
僕は少し重い気持ちで車窓を眺めた。(続)




2007/01/15

『発車オーライ!』第三章

2007/01/09

『発車オーライ!』第二章

2006/12/29

『発車オーライ!』第一章

2006/12/14

『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

2006/12/07

『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』
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