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1987年春。
高校を卒業して故郷を離れる時、磐越西線山都駅で切符を買った。
窓口で僕の良く知っている初老の駅員さんが、
「宏康、片道切符でいいね?もう、往復切符を買ってはだめだよ」
と言って、硬い紙の切符にハサミを入れて僕に渡してくれた。
僕は最初は何を言っているんだと思ったけど、
汽車に乗って、 雪が残る肌寒そうな車窓をぼんやり眺めていたら、
駅員さんが言った意味がなんとなくだけど分かってきて、
というか電車に揺られている間にきっと分る気がして、
握っていた切符を無くさないように財布の中にしまった。
僕の持っている片道切符は、
引き返すことはできないけど、
旅の途中で美しい風景に出会ったら、
その駅で降りてもいい。
もし、その街が気に入ったら、
そこで生活をしてもいい。
汽車に乗る人、降りる人。
みんなそれぞれの片道キップの旅をしている。
僕はそう思う自分の考えにちょっとだけ酔いしれた。
途中駅から乗ってきた旅人が、
「あなたの隣に座ってもいいですか?」と尋ねてきた。
その人と一緒に旅をしてもいいなと思えば、
「どうぞ」と言って一緒に旅を続けよう。
汽車は、
朝も、昼も、夜も、
芽吹きの春も、
暑い夏の日も、
木の葉に色づく秋の日も、
粉雪ちらつく冬の日も走り続ける。
汽車は、いつも平らな線路を走るとは限らない。
線路は山も海も川も越えてゆくのだ。
上り坂はもう一台の機関車と力を合わせ、
下り坂はスピードが出ないようにブレーキをかけて、
急カーブは脱線しないように速度を落として走るのだ。
鉄橋やトンネルを走る時もある。
その鉄橋がどんなに長く感じても、
渡り終えない鉄橋はないし、
そのトンネルが長く感じても、
出口のないトンネルはない。
目の前に行き先が別れるポイントがあったら、
その先が未知なる線路でも、
行きたい方向へ進路をとればいい。
もし、
行き止まりの終着駅に着いたとしても、
慌てることなんてない。
終着駅は始発駅だ。
窓口で片道切符を買って、
新たな旅を続ければいいのだ。
手にした片道切符に励まされるように、
18歳の僕は西へと向かった。
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