『僕の見習い車掌日記』 〜師匠の教えの巻〜

〜師匠の教えの巻〜


「車掌なんて辞めろ。降りろ!」

真っ赤な顔をした師匠が、
客室に聞こえるほどの声で僕を怒鳴った。

僕はカバンを持って、
雨の降る小さな駅で電車を降りた。

乗客がヒソヒソと話しながら僕を見ている。
僕は黙って師匠を見ていた。
師匠はすぐにドアを閉めると、
僕を降ろした電車は勢い良く駅を出て行った。

電車を見送った僕は駅事務室にトボトボと歩いて行った。
階段を上がり改札窓口に顔を出すと、
駅員はビックリした顔で僕を見た。

「そこに立っていると邪魔だよ。中に入れば?」

「はい」

僕は駅事務室の椅子に座り、
窓口に立つ駅員の背中をぼんやりと見ていた。
休憩室でそばを食べ終えた年配の駅員が、
売店に行って僕に缶コーヒを買ってきてくれた。

缶コーヒーなんて飲んでいる場合ではないが、
今の僕には行く所がない。
師匠はなぜ僕を怒鳴ったのだろう?

「ミスなんてしていない・・・」

その言葉がリフレインしている。
あまりにも覚えることが多過ぎて、
僕のキャパを超えているような気分になってきた。
今現在、
一体何を優先すればよいのかまったく分からない。

「今度、師匠の乗った電車は、この駅は何時に通るの?」

初老の駅員が声を掛けて来た。

「1時間半後です」

「この前も降ろされていたやつがいたよ。
 そいつはホームで案山子のように2時間ほど立っていたけどね。
 君も何をして電車から降ろされたの?」

「・・・・・・・・・・」

僕はコーヒーを一気に飲んだ。
すぐにダイヤを開いて師匠の電車を追いかけることにした。

「コーヒー、ごちそうさまでした」

「二度とここには来るなよ」

お客さんに混じって階段を降りてホーム後方で電車を待つ。

しばらくすると電車がやってきた。
運転士はホームで突っ立て居る僕を見て、
不思議そうな顔をしていた。

到着した電車の乗務員室に行き、
担当車掌に訳を話して乗せてもらう。

「降ろされたやつはここにも居たか。
 お前らは本当にデキが悪いね」

乗務員室では僕は無言だった。
ふと、
横目で先輩を見てみると、
先輩の制帽はフリスビーのように潰れていて、
顎ヒモは制帽の前後に二本も付いている。
先輩は校則違反を楽しんでいる学生のようだった。

電車は通過駅に差し掛かる。
先輩は見かけによらずひとつひとつの動作が日舞のように美しく、
基本動作を完全の自分のものにしている。
ふと、
そうした先輩の動きを見ているうちに、
なぜ自分が降ろされたのかが分かった。

先輩は通過駅に差し掛かると後方監視“だけ”を行いひとつの作業を終える。
次の作業は車内放送なのでマイクを持つ、
といったように一度に二つの作業はしていなかった。
つまり、
僕は一度に二つの作業をしていたのだ。
これでは基本動作を励行していないことになる。

僕は先輩に礼を言って師匠が休憩している駅に降りた。
僕は恐る恐る休憩所に入ると、
電車を降ろされた僕を見て先輩たちは大声で笑った。

師匠はソファの真ん中に座り新聞を読んでいた。
僕は師匠の前に立って自分の過ちを述べて謝った。

その後、
師匠には何十回も「降りろ!」と言われたが、
なんとか訓練を終えて車掌試験を受けた。

試験当日は本社の偉い人たちが数人やってきた。
各自がチェックシートを持ちながら、
僕の動作を頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見ていた。

「異常なし!」

「声が小さいなぁ。
 そして指差確認喚呼の時に肘がまっすぐになっていない」

試験管は冷静に僕の悪い点を指摘したが、
僕を含めた同期全員が何とか試験に合格した。

試験が終わると新しいバッジが支給され、
肩書きが「車掌見習」から「車掌」に変わったが、
一人で電車に乗ることが信じられなくてとても不安だった。



『僕の見習い車掌日記』 〜乗務区研修の巻〜

〜乗務区研修の巻〜


センターでの最終日、
教師から配属先が言い渡された。
僕はニュータウンのど真ん中にある乗務区に配属が決まった。

乗務区での研修が始った。
乗務区は現場独特の雰囲気を醸し出していた。
僕らは電車から降りてきた先輩達と廊下ですれ違う度に大きな声を出して挨拶をした。
先輩達は頭を少し下げただけで声も出さずに、
ソファにドカッと座ってスポーツ新聞を広げていた。

僕らが先輩達のような一人前の車掌になるまでの行程は、
車庫の電車で訓練をして、
“師匠”と呼ばれる指導者と営業電車で
約1ヶ月間の実車訓練を行って車掌試験に挑む。

車庫での訓練が終わると師匠と弟子の組み合わせが発表される。
師匠と弟子の組み合わせ発表のことを“顔合わせ”といい、
僕らは師匠が待つ会議室前の廊下に並ばされた。
担当主任から一人一人順番に名前が呼ばれると、
僕らは緊張した面持ちで会議室に入ってゆく。

「小池!」

僕は3番目に名前が呼ばれた。
ノックをして会議室に入る。
3番目に呼ばれたので奥から3番目の人が僕の師匠らしい。
師匠は優しそうな顔をしたおじさんだった。
僕は師匠の前に立ち、

「小池です。よろしくお願いいたします」

「よろしく」

この人が僕の師匠か・・・。
僕らはセンターで研修を受けている時から、
各師匠の行動や性格をリサーチしておいた。
それによると僕の師匠となった人は山形県出身で、
よっぽどのヘマをしない限り怒らないという前評判だった。

実車訓練が始まった。
僕は師匠の動きを終止見ていた。
師匠の動きを見ているととても簡単に見える。

師匠は要注意駅や駆け込み乗車が多い駅を懇切丁寧に説明するのだが、
山形弁のお陰で何を言っているのかさっぱり分からなかった。

数日後、
ドアを開けた師匠が僕の腕を引っ張った。

「ドア、閉めてみっか?」

「はい」

僕はドアを閉めるタイミングを見計らっていた。
真後ろには師匠が立っていて、
師匠の鼻息が僕の首に当たるのでくすぐったい。

二人で乗降モニターを監視する、
ドア・スイッチに親指を添えて乗降が終了した時が閉めるチャンスだ。

「よし、閉めろ!」

「前よし!」

思い切ってドア・スイッチを押す。

「プシュー、ガラガラ」

刃物の上を歩くような緊張感が全身を走り、
冷や汗がゆっくりと背骨をつたって落ちる。
ドアが閉まると電車は勢い良く加速してゆく。
急いで車掌用の扉を閉めて、
窓から顔を出してホーム上の監視を始める。

顔に当たる風が電車の加速と共に強くなる。
降りた乗客たちの姿が一瞬にして目の前を通り過ぎてゆく。
ホームを抜けると窓を閉めて後方を指差確認喚呼する。

「異常なし!」

「異常なし!」

師匠が復唱する。

「ドアを閉めるは怖いだろう?」

「怖いです」

「次は放送してみるか?
 窓を開けて自分の耳で放送音量を確認すること。
 放送をするポイントはスカイ・コートのマンション付近だ」

「次は○○、○○です」

僕が放送した直後、
お客さんが一斉にこちらを見る。

「早口で声が萎縮してるからお客さんがお前を見るんだよ」

「はい」

その後は順調に実車訓練が進むものと思っていたが、
ちょとした僕のミスで電車から降ろされたことがあった。




つづく



『僕の見習い車掌日記』 〜車掌研修の巻〜

誰だってはじめはヒヨッ子です。
ヒヨッ子にもなれないヒヨッ子予備軍のときもあります。
誰もがそういう時間を経験してちゃんとした仕事に就いていくのです。
特にいろんな人たちの大切な時間を乗せる鉄道員の仕事においては、
どれだけちゃんとしたヒヨッ子時代を過ごすかがとても大切なのです。
もちろんまだまだ子供なので、納得のいかないことばかりなのですが…

夏休みの終わりに、ちょっとだけ苦い話、お届けします。
エアコンの冷気ではなく、車窓から入ってくるちょっとぬるい風に吹かれて、
読んでみてください。




〜車掌研修の巻〜


車掌研修が始まった。
センターでの勤務時間は9時から18時までの机上教育で、
目の前の教科書と鉛筆を見ているだけで睡魔が襲う。

今回の車掌研修を受けるメンバーはほとんどが入社同期で、
彼らとセンター行きの社員専用バスに乗っていると、
入社研修を受けていた時代に戻った気持ちになり、
とても懐かしい。

センターでの研修内容は車両、信号、規則など多岐に渡り、
科目によっては理数系も登場する。

研修も中盤に差し掛かったある日、
いつまで経ってもY君が教室に現れなくて、
みんなY君の事を心配していた。
教師は何事も無かったような表情をしていたが、
その表情を見るとかなり苛立っているように見えた。

みんなが授業に集中し始めたとき教室のドアが開いた。
Y君は申し訳なさそう顔で教室に入ってきた。

「なんだぁ、報連相も無しか?」

「昨日、飲み会があって帰りが遅かったのです」

「お前、車掌になる気あるの?」

「・・・・・・・・・・」

翌日、
教室にY君の姿は無かった。
Y君は教師と相談の結果、
今まで勤めていた駅に戻ることになったが、
その後の風の便りでは、
Y君は駅に出勤する事もなく会社を辞めてしまった。

昼食後、
僕らは表に出て、
古い電車が飾ってある線路の上に座って、
会社を辞めたY君のことを話していた。
そこに教師が輪の中に入ってきたので、
僕らは慌てて話題を変えた。
教師はタバコに火を点けながら、

「簡単に辞められちゃ困るんだ。
 研修期間中でも会社はお前らに給料を払っているんだ。
 次の現場に行っても1ヶ月半ぐらいは見習いだろう?
 今のお前らはお金を稼いでいないんだ」

教師はわざとお金の話をしているように感じた。
その表情を見ると、
お金のことよりも、
たった一度の遅刻で辞めたY君の事をとても気にしているように思えた。

教師の言う通り、
会社が僕らにお金をかけた分だけ責任も重かった。
目には見えないけれど、
乗務員としての重責がそこにあるのかも知れない。
その厳しさがあるからこそ僕は乗務員に憧れた。
子供の頃に見た貨物列車の機関士は、
まるで軍人のような目つきでハンドルを握っていた。
誰もが振り向きもしない地味な貨物列車だったが、
誰にも注目を浴びていないからこそ、
自己陶酔しているような機関士の表情に憧れた。

教師は2本目のタバコに火を点ける。

「電車が来ると踏切の遮断機が降りるよね?
 遮断機が降りると、
 みんなそこで遮断機が開くの待っているんだ。
 パトカー、
 消防車、
 救急車、
 皇室の自動車、
 みんな遮断機の前で待っているんだよ。

 箱根マラソンを見たことあるだろう?
 踏切が閉まったらランナーも先導の白バイも一旦停止だ。

 もし、
 この会社の社長がお前らのところにやってきて、

 『次の駅で止めて下さい』

 と言ってもお前らは電車を止めないだろう?
 運転に関する全ての実権は乗務員が握っているんだ。
 そのくらいの気持ちでなきゃ国民の財産を預かって運転できないでしょう?
 “前の日が遅かったから”と言って寝坊をして、
 そんなスタンスで乗務員ができるか?
 出来ないよな、そんな生半可じゃ」

僕らは線路の石を見ながら黙って聞いていた。
1ヶ月間の研修中に1人が退社し、
2人が車掌になるのを諦めて駅に戻った。


つづく



『僕がなりたかった駅員への道』後篇

後篇「夢より現実。僕の経験」





乗客より5センチほど高い改札口に立っていると、
さまざなな人間模様が見えてきます。
一度、総理大臣にも改札口に立ってもらいたいと思います。
きっと、東京タワーの展望台より、
日本がよく見えるはずです。

ハプニングもいろいろありました。
数あるハプニングの中で最も印象的な出来事が、
ホームで電車を待っていた女子高生に、
屋根にいたハトの糞が落下してしまい、
頭から靴下まで見事に真っ白になったその子が、
事務室にやってきたことです。

ちょうどその日は学校の試験日だったらしく、
どうしても学校には行かなくてはならないとのことでした。

すぐに学校と家に電話連絡をしました。
学校にはハト事件の全容を伝えることができましたが、
家のほうが留守だったので、
家族に着替えを持ってきてもらうことは断念しました。

結局、女子高生は駅のシャワーを浴びて、
僕の一張羅であるコム・デ・ギャルソンを着て、
学校へ向かいました。

翌日の朝、
母親が菓子折りを持って駅に現れましたが、
僕の一張羅はご丁寧にクリーニングに出されていました。
結局、僕は制服を着て寮に帰りました。

バレンタインデーのことも忘れられません。
バレンタインデーの日は、
早朝から駅のあちこちで、
チョコが入っていると思われる紙袋を持った女の子が、
きょろきょろしながら右往左往しています。

当時は携帯電話が無かったので、
改札脇の伝言板が大活躍していました。

「10:50。ヒロシへ、ロンロンのレコード屋で待っています」

「11:00。シュン君、公園口のいせやで待つ」

当時の伝言板は今のメールの代わりでした。
伝言は何時間後に消去するのかは忘れてしまいましたが、
白色のチョークをまめに補充した記憶があります。
それにしても、
バレンタインデーなのに、
“いせや”で焼き鳥でも食べるのでしょうか。

そんなバレンタインデーの朝、
僕が改札に立っていると、
ホームのベンチ付近にいた女子高生数人が、
こちらを見て騒いでいました。

そんな光景を見ていると、
僕の心がざわざわしてきました。

「ひょっとして僕?」

と、ちょっぴり意識してしまいます。

しばらくすると、
周りの友達に背中を押された女子高生が、
もじもじしながら僕のところにやってきました。

「おっ、来たなっ!(心の中の言葉)」

「あのう・・」

「はい、なんでしょう」

僕は機械より機械的な表情で話しました。

「これを、吉田さんに渡してください」

これが研修で習った“ハインリッヒの法則”なのだろうか。

ハインリッヒの法則とは「1:29:300」という確率を表したもので、

「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背後には300の小さな異常がある」

ということらしい。

ハインリッヒの法則はいいとして、
とにかく女子高生は小さな紙袋を僕に渡し、

「これ、吉田さんに渡してください」

と言って、足早に去って行ったのでした。

その日、吉田は公休でした。
紙袋の中には手紙と小さなチョコレートの箱が入っていました。

その光景を見ていた先輩が、

「な、お前、チョコを貰ったの?」

「これ、吉田にですよ」

「じゃ、俺が吉田に渡しおくから」

「人のチョコを食べないで下さいよ」

「分かった、分かった」


結局、先輩は吉田のチョコレートを食べてしまい、
手紙だけを吉田に渡したのです。

それからしばらくすると、
チョコを持ってきた女子高生と吉田が改札口で話すのを見かけるようなりました。
毎日毎日、女子高生は吉田が立っている改札口にやってきては、
何時間も話していました。
その間の僕は、
酔っぱらいの嘔吐を掃除して、
吉田に悪態をついていました。

二人はいつの間にか恋人同士になり、
数年後に二人は結婚しました。

吉田はいまだに、

「なんで、あの紙袋にはチョコが入っていなかったのだろう?」

と首を傾げています。

バレンタインが過ぎてしばらくすると、
僕は駅長室に呼ばれました。

「君はとても朝寝坊で遅刻が多いと聞いている。
 早く車掌になって、先輩方に“鉄道と時間”の関係について、
 徹底的に厳しく教育してもらったほうがいい。
 それとイタズラにも程がある」

と半分本気で半分冗談のようなことを言われました。
僕はイタズラらしいイタズラはしていないのですが、
駅長が盛んに“イタズラ”と言っているのは、
“あの日”のことだと思います。

武蔵野市の偉い方が駅長室に集まって、
街のなんとか会議がありました。
ちょうどその日の朝刊に、
宮沢りえヘア・ヌード写真集発売の広告が掲載されていました。
僕はそれを丁寧に切り取って、
駅長のデスクマットに挟んでおいたのです。
駅長は真っ赤な顔で犯人探しをしていましたが、
その日、駅長室の掃除をしたのは僕だけでしたので、
僕も確信犯気取りでいましたが、
きっと駅長はそのことを“イタズラ”と言っているのでしょう。

僕は半ば強制的に車掌試験を受けさせられ、
結果は不合格でも強制的に合格となりました。
先輩たちは、

「駅長はよっぽどお前のことを追い出したかったんだな」

と笑っていました。

駅員生活最後の夜、
いつものようにコンコース掃除に行くと、
毎晩、駅の敷地でアクセサリーを売っている、
“ミッキー”と呼ばれているおじさんがいました。

ミッキーさんは毎晩のように巡回の助役に注意をされて、
悪態をつきながら駅を出てゆくのですが、
すぐに駅に戻ってきてはアクセサリーを並べます。

助役は僕に、

「アクセサリー男がいたら注意して追い出すように」

と指示をしていましたが、
僕は最初の2〜3回だけ注意をして、
後は何も言いませんでした。
そのうちミッキーさんは、
僕の顔を覚えて話しかけてくるようになりました。

「あの助役は意地悪だよな。あいつの出番はいつだ?」

「違法なんだから仕方ないよ。
 人の目を気にして商売するなら、
 自分の店を持てばいいのに・・・・
 そそ、僕は○○日が最後の勤務だからね」

「なんだ、お前さん、居なくなっちまうのかい?
 そうか、車掌になるんだったら、めでたいな。
 お前さんよ、今夜は俺が駅の掃除をしておくから、
 ま、これでコーヒーでも飲んで、今日ぐらいは掃除を休みな」

ミッキーさんは僕に100円玉を渡しました。

昔は山都駅に行って、
駅員さんの掃除のお手伝いをして、
100円玉をもらったのに、
僕が駅員になっても、
人様から100円玉を貰っているので、
いつまで経っても本物の駅員にはなれません。

僕はミッキーさんに頂いた100円玉で、
ジュースを買って休憩をしました。

「お前さんには世話になったから、
 これを餞別にするよ。
 商売ものだけど、ま、受け取ってくれや」

ミッキーさんは小さな紙袋に、
シルバーのリングとドリーム・キャッチャーを入れて、
僕に手渡してくれました。

「おまえさん、明日から車掌なんだろ?
 今さらドリーム・キャッチャーなんて必要ないな。
 でもな、車掌になったからといって慢心するなよ。
 どうせ、すぐに別の欲が出てくるからな。
 その“欲”ばかりこだわってに自分で苦しむなよ。
 夢は叶わないものだからこそ、
 ドリーム・キャッチャーなんてものがこの世にあるんだよ。
 あはは。分かるか?
 大体、俺も自分の店を持つことより、
 こうやって駅でいろんな人に出会えるから面白いんだよ」

よく分かったような、分からないような、
説得力があるような、無いような言い方だった。
確かに車掌になっても、
いずれは別の欲が出てくるだろうと思います。
では車掌になった後、
僕にはどんな新たな欲が出てくるのだろう?
そんなことがその時点でわかるはずありませんでした。

「ミッキーさん、ありがとうございます」

「今日の売り上げは坊主だったけど、
 お前さんが唯一の客でよかったよ。
 掃除はしとくから、パチンコでも行ってこいよ」

僕は小さな紙袋を制服のポッケに入れて駅に戻った。
助役はいつもより早く戻ってきた僕に、

「今日はゴミが少なかったのか?」

翌日、勤務を終えて寮に戻ると、
早速、カーテンレールに、
ドリーム・キャッチャーを吊るしました。

明日から始まる車掌研修の準備をしながら、
この小さな網を使って夢をキャッチするのではなく、
どんな夢が現れてくるのかを想像していました。

その日の夜はなかなか寝付くことができませんでした。


おわり



『僕がなりたかった駅員への道』中篇

中篇「夢と現実。僕の葛藤」

一ヶ月間の研修が終わると、
いよいよ配属駅が決まります。
教師からひとりずつ名前と配属先を発表されました。
僕の配属先は、
井の頭線の吉祥寺駅でした。
仕事をするのならお洒落な駅がいいなと思っていたので、
とてもラッキーです。

それにひきかえ、
新宿や渋谷に配属された連中は、
困惑した表情でした。
繁華街の駅は何かとトラブルも多いし、
今みたいに自動改札では無かったので、
日本有数のターミナル駅での、
改札作業に恐れをなしていたのです。

この一ヶ月間の研修で、
ようやく心を開いて同期と友達になれたというのに、
離ればなれになるのは残念なことですが、
僕は駅員としての第一歩が待ち遠しくて、
仕方ありませんでした。
そんな浮かれた気分でいたお陰で、
紙袋に入れた制服を電車の網棚に忘れてしまい、
恐る恐る駅に申し出ました。

「茶色の“スーツ”を忘れたのですが」

駅員さんはニヤリとし、

「助役さん、持ち主が現れましたよ」

奥から角刈りの助役が出て来て、

「これはスーツとは言わないんだ!
 お前の顔は二度と忘れないからな!」

と僕の両耳を思いっきり引っぱられました。

それ以来、
網棚に荷物を置くのは一切やめました。

晴れて吉祥寺駅駅務掛を拝命し、
駅員のイロハを教えてくれたのは、
この春に高校を出たばかりの年下の先輩でした。
先輩から渡されたあんちょこを見てみると、
ずいぶん、事細かにスケージュルが組んであります。

吉祥寺駅、改札掛A作業ダイヤ

出勤、
駅長にお茶を出す(ぬるいと怒る)
昼食のそば・うどんの仕込み(大きな鍋でお湯を沸かす)
改札、
西友へ昼食と夕食の買い物(昼はうどん・そば、夜はおかず二品が目安)
調理(小姑が多く、目を離した隙に鍋の味を勝手に変えるので注意)
集札、
寝室掃除(マンガは捨てる)、
シーツ交換(マスクをしたほうがよい)、
昼食(材料費を出面人数で割る。代金は繰り上げしないとやってられない)
改札、
昼食後片付け、
夕食調理、
忘れ物帳簿点検、
集札、
夕食後片付け、
清掃(トイレ、ホーム、コンコース、テナント前)
改札、
夜食のオーダーを取る、
夜食買い物、
終車追い込み(乗り遅れ客が無いように)
シャッター閉め、
着替え、シャワー、
夜食後片付け(とっとと寝ないとキリがない)
仮眠、
起床、
改札、
集札、
掃除、
引き継ぎ、
勤務終了。

これが24時間勤務の内容です。
記憶を便りに大まかに書いたスケージュールですが、
駅員の仕事は、
“掃除と調理に始まり、掃除と調理に終わる”

ちなみに駅で見かける、
黄緑色のちり取り(ピンセット付き)の名前を、
「鉄道ちり取り」
と言って、商品名にもなっているぐらいです。

新米駅員の必須アイテムは、
この鉄道ちり取りと包丁で、
新米の調理は消防署でも行われています。

僕は早く改札に立って、
不正乗車を摘発する駅員になろうと思っていたのですが、
切符を切るパンチの練習より、
包丁の持ち方を覚えなければなりませんでした。

改札口に立っていると、
いろいろな人がこの通路を通り抜けて行きます。
不正乗車をする人もすぐに分かるようになります。
不正をする人は定期券面を指で隠したり、
慌てて改札を出ようとしたり、
目が挙動不審になっていたりするので、
改札の10メートル手前で判別がつきます。

キセル犯に「もしもし」と声を掛けると、
その場でお金を投げ捨てて去って行く人と、
逃走する人、二種類に分かれますが、
一度だけ逃走したキセル犯を、
駅の外まで追いかけて捕まえたことがありました。

キセル犯の身長は180センチくらいの大男でしたので、
一部始終を見ていたJR駅員も応援に来てくれて、
3人がかりで事務室まで連行しました。
JRの駅員は、

「俺もさんざん捕まえたけど、
 最近は刃物とか持っている客が多いから、
 あんまり無茶するなよ。
 弁当とケガは自分持ちってことよ。
 それにしても、
 最近の若い駅員は見て見ぬ振りが多いけど、
 お前さんもなかなかやるもんだ」

と声をかけて、
持ち場へ戻っていきました。
それをきっかけに、
JRの駅員が勤務を終えると、
僕らの職場に遊びに来るようになりました。

それまでは業務的な行き来はあったものの、
どこか遠目に見ている感じで、
世間話をするほどの関係にはなっていませんでした。

それからしばらくすると、
JRの駅員が職場にやってきて、

「今度、湯沢へスキーに行くから、
 小池君も一緒に来ないか?
 旅行センターの女子社員も来るよ」
とても魅力的な誘いでした。

僕はスキーよりも、
“旅行センターの女子社員”に惹かれて、
ガーラ湯沢に行きました。
さんざんスキーを楽しんだあと、
お互いの仕事の話になりました。
旅行に来てまで仕事の話をするのは如何なものか?
となりますが、
僕にとってはとても興味深い話が聞けたので、
旅行センターの女子社員にお酌をするのも忘れるほど、
鉄道の話に夢中になってしまいました。

スキーから帰ってくると、
僕はいつもの改札口に立っていました。

改札口はキセル犯も学生も、
疲れたサラリーマンも通りますが、
まれにとってもかわいい女の子が通ります。
他の駅員も彼女のことは熟知しており、
ある先輩は、
定期券面の名前を一瞬にしてスキャンしていました。

「○○子。今のところ、ミス・井の頭だな。
 この駅の一日の乗降者数を知っているか?
 14万人だよ、14万人。
 男女を半分に分けても7万人だ。
 ということは7万人の女性の中で、
 いちばんかわいい、ということだ」

先輩も○○子がお気に入りの様子でした。


つづく



『僕がなりたかった駅員への道』前篇

前篇「夢のレール。僕の挑戦」


僕は1990年に私鉄の入社試験を受けました。
ちょうど、バブル全盛期で、
みんなが口を揃えて
「お金、土地、お金、土地」
と呪文のように唱えていたので、
鉄道業なんて誰も見向きもしない時代でした。

駅員、電力、車両、保線の全職種で募集していました。
全職種の募集人員が50名ぐらいで、
受験者は120人ぐらいいました。

試験は本社の会議室に集合し、
長い机の上で、
算数、国語、一般常識などの筆記試験をしてから、
内田式クレペリンテストと身体検査があり、
最後に面接が行われました。

内田式クレペリンテストは、
ひと桁の足し算を5分の休憩をはさんで
前半15分、後半15分の30分間行なわせた上で、
1分ごとの暗算作業量の変化のパターンから、
その人間の性格面・適正面を診断するのです。

鉄道や航空などの運輸業は、
人の命や財産を預かる業種なので、
筆記試験や一般常識よりも、
クレペリンや身体検査に重点を置いています。
特に身体検査では、
視力、聴力、色盲などが、
徹底して検査されました。

面接は当たり前の事を答えておけばいいのですが、
ひとつだけ気を付けたことがあります。

それは、
第一志望で駅務掛と答えている人が多く、
当時は技術系志望の人は少なかったのです。
面接官はどうしても人員を平均化したいから、
いろいろ知恵を出して、

「もし、駅員の試験がダメだったら、技術系でもいいかな?」
と、ひっかけて言うのです。
そうなると、どうしても会社に入りたい人は、
「ええ、もちろんです。職種は選びません」
と答えざるを得ないのです。

そう答えてしまった人は、
全員、技術系に配属されました。
でも、最近では、
職人スタイルが若い人にウケていて、
技術系のほうが人気があるようです。

一通りの試験を終えて、
緊張も溶けて隣席のライバルと話していると、
人事部の人が、

「長時間の試験、大変お疲れさまでした。
 今回の受験者はとても多いので、
 これから場所を移して、
 試験の結果報告などについてお話させていただきますので、
 みなさんにはA室とB室に別れていただきます。
 では、名前を呼びますので、
 忘れ物がないよう指定場所へ移動してください。
 ○○さんはA室へ、○○さんはB室へ行ってください」

実はここが運命の分かれ道で、
A室に行くとデパートの人が首にメジャーを垂らして、
営業スマイルで待っています。

「じゃ、制服の採寸を行いますね」

B室に行くと、

「本日は長い時間お疲れさまでした。
 後日、本日の結果をご連絡させていただきます」

となるわけです。

デパートの人にサンプルの制服を着せてもらっても、
なんだか半信半疑で、

「これは試験ではないですよね?」

「制服を着させてあなたを落としたら、
 この会社はあなたに訴えられますよ」

A室に入ったみんなは、
お互いに握手をしました。
みんな鉄道が好きで試験を受けたやつばかりです。
鉄道でケツ押しのバイトをしていたもの、
小田急の花屋さんにいたもの、
国鉄にいたもの、
みんなが安堵の表情を浮かべています。

さっそくサンプルの制服を着た時、
少し顔が火照ったような気がしました。
こんな気分になったのは小学校に入学した時ぐらいです。

デパートの人に制服を着せられて、
大きな鏡の前に立つと、
制服制帽姿の自分を見て、
やっと制服を着れたなと思いました。

後日、入社式が本社で行われ、
晴れて社員と言いたいところですが、
3ヶ月間は試雇社員という身分です。
試雇期間中に何か問題があれば、
すぐに解雇となってしまうので、
素行に気をつけなければなりません。

入社式の最後に、
“試雇パス”というのが支給されるのですが、
これがいわゆる全線パスで、

「改札を通るときは、先輩駅員に挨拶を忘れないように」
「無くしたり、盗まれた場合は始末書だけでは済まされないからな」
「他社線に乗る時は、『乗せていただいてもいいですか?』と聞きなさい」
「これは警察手帳と一緒だからな」
とやや大げさ、且つ事細かにパスの取り扱い方を叩き込まれて、
試雇パスを受け取りました。

翌日から研修センターに通って、
朝から晩まで鉄道のイロハを学びました。
鉄道が好きなやつは、

「これでお金が貰えるんだから最高だな」

と喜々とした表情で、
教師に鉄道の質問を浴びせていました。

ちょうど僕らがセンターに入ったときに、
運転士の養成教育を行っていました。
僕ら新入社員からすると、
運転士というのは憧れの職種です。
運転士教育中の先輩と、
トイレ、廊下、食堂、階段ですれ違う度に、
僕らは軍隊のような直立不動の姿勢で、
バカでかい声で挨拶をしていました。

先輩たちは、
顎をしゃくりながら、

「お前ら、給食室で並ぶ時は俺たちの後に並ぶんだ!
 もし、授業が俺たちより先に終わったら、外に出てタバコでも吸ってろ!」

と一喝されました。

みんなはヘビに睨まれたカエルのように萎縮していましたが、
僕は内心、ゾクゾクとしていました。
実はこんな体育会系が好きなのです。


つづく



『何故かパン屋の伊藤さん』

山都駅構内の外れに、
かわいらしい山小屋のような建物がある。

この建物は、
JR下請け保線会社の休憩所になっているが、
かつて、
ここには山都保線管理室という職場があった。





保線管理室は3〜4駅間の線路保守を担当し、
主に線路の徒歩巡回、
黄色いラッセル車での除雪作業、
トンネルの入り口や内部にできたツララ切りなどを行っていた。

保線管理室のメンバーは、
実直でポッポ屋タイプの大竹保線管理室長、
同級生の父でもある小林保線副管理掛、
昭和電工から中途採用で国鉄に入社した佐藤保線管理掛、
スポーツマンで一番若い伊藤保線管理掛、
の計4名が勤務していた。

保線管理室は通常4名で勤務していたが、
日曜日は4名のうちの1人が、
異常時に備えて待機勤務をしていた。
とにかく待機勤務は、
“待機”することが仕事だったので、
この待機勤務日の日曜日に僕が遊びに行くと、
誰もが僕を大歓迎してくれた。

大竹さんは保線の話をよくしてくれて、
「勉強しろよ!」が口癖だった。

小林さんは「仕事している写真を撮ってくれないか」
といつもリクエストしていた。
また、線路端で青大将を捕まえてきては職場の風呂場に放し、
「ほーら、見でみ、上手に泳ぐべ?」と、
僕にヘビの泳ぎ方を見せてくれた。

佐藤さんは、
僕が遊びに行く度に「小池は彼女いないのか?」と言い、
買ったばかりの愛車である、
トヨタ・クレスタの洗車をコーラ一本で手伝わされ、
カーステレオに録音機能が付いているのを自慢げに話していた。

伊藤さんは町内出身で、
父親も国鉄に勤めていた国鉄一家だった。
待機勤務の日は机の上に足を乗せ、
スポーツ新聞を読みながら、
鉄道話はあまりせず、
不良だった高校時代のエピソードを聞かせてくれた。

「朝、学校さ行ぐべ、
 すんげぇ、寒くてよ。
 そんで、腹も減っていっぺし、
 うぢ(家)から豚肉を持っていってよぉ、
 ストーブの上で焼き肉すんのな。
 そんで、タレが無ぐなってよ、
 1年生にエバラを買いに行がせでよぉー」

僕が行こうとしている学校で、
焼き肉ができる、ということにとても喜んだ。
天井に木刀が刺さっている話から焼き肉まで、
一通りのネタが披露されると、
ランチ・タイムになる。

「小池、売店に行ってコーラ買ってきて。
 あと、報知とカップラーメン。
 お湯は入れなくてもいいぞ」

僕はお金を握って線路を渡る、
線路を渡る前には、
職員ぶって左右の指差し確認をする。

売店に行くと、
おばちゃんが、
「今日は駅、保線?」と聞いてきた。
「保線です。あ、お湯は入れなくてもいいです」
僕は自分のコーラも買って、
夕方の終業時間まで伊藤さんの不良話を聞いていた。

その後、国鉄民営化が決まり、
末端職場の大合理化が始まる。
山都保線管理室もすぐに廃止され、
メンバー全員が3駅先の野沢保線支区へ転勤になり、
さらなる合理化で野沢保線支区も消えて、
ほんんどのメンバーがバラバラになり、
新潟のほうへ転勤して行った。

数年後、
僕が私鉄の車掌になった頃、
伊藤さんが川崎駅前のJR直営パン屋で働いていることを、
風の便りで聞いた。

休日に伊藤さんの店を訪ねることにした。
きれいになった川崎駅のコンコースを出ると、
大きなバス乗り場があり、
伊藤さんの勤めるパン屋は、
きれいな駅ビルとは別の建物に入居していた。

JRのパン屋というのは、
「パンでひと儲けしよう」というより、
「民営化したので、取り敢えずパン屋でもやりましょう」
という感じの店だった。

僕は店には入らずガラス越しに伊藤さんを探したが伊藤さんは居なかった。
しばらくすると、
今までレジを打っていた年配の人に替わって、
奥の調理場のほうから伊藤さん出て来てレジを打ち始めた。

伊藤さんは保線作業着の替わりに白衣を着ていた。
伊藤さんの白衣姿を見ていると、
山都保線管理室のヘルメット置き場の上に貼ってあった、
一枚のポスターを思い出した。
汗まみれの保線マンが、
高速で通過する列車に向かって手を挙げている写真の下には、
「汗は俺たちの言葉だ!」と書いてあった。

パン屋はなかなか繁盛しているみたいで、
レジは行列ができていた。
伊藤さんはお客さんに頭を下げて、
トレイに載せられた調理パンを丁寧に包んで、
大きな袋に入れて、
「ありがとうございます」と、
ぎこちないお辞儀をしていた。

伊藤さんのお辞儀は、
デパ地下の店員以上に懇切丁寧な気がして、
僕はなんだか嬉しくなった。

一生懸命に働いている伊藤さんを見ていたら、
店に入ろうかどうかとても迷ったが、
意を決して店に入りレジの前に立った。

「いらっしゃいませ!」

無骨な男達の声が店内に響く。

「すみません、ケーキはありますか?」
「ケーキは焼いていませ........おー、小池っ!」
「元気そうですね」
「ここに居るのがよく分かったな!」
「はい、山都の○○さんから聞いて」
「○○ちゃん、ちょっとレジ変わってくれよ。
 田舎の後輩が来たんだよ!」
「なに?伊藤に面会?」
「そそ、こいつ、中学の時から保線に来てたんだよ。
 お、小池っ、そんなとこ突っ立ってないで、
 好きなパンを好きなだけ持ってこいよ!」

僕は遠慮なく、
おいしそうなパンをトレイに載せて、
レジへ持って行った。
伊藤さんは調理パンをビニール袋に直接入れて、
僕を休憩室に連れていった。

休憩室には大勢の男達がいた。
パン屋の規模と働く人数のバランス、
そして年齢層も顔つきもまったく合わなかった。
誰かが、
「おい、若いの、お茶か?コーヒーか?」
「じゃ、コーヒーでお願いします」
「粒か粉か?」
「粒でお願いします」
「贅沢なやつだなぁ」
(粒はゴールドブレンド、粉は普通のネスカフェを指す)

伊藤さんはタバコを吸いながら、
「え〜と、今、コーヒーを作っている○○ちゃんは岩手の駅員、
 そこの○○ちゃんは青森の運転士、
 ○○ちゃんは郡山の電力、
 ま、ここのメンバーはほとんど東北出身だな。
 みんな独身寮に入って朝4時に起きてパン作りだ。
 俺らがパン作ってんだぜ!
 でも、一応、パスコのパンを使ってんだよ。」

伊藤さんが活き活きしてみえた。

「ところで、小池は、今は何をやってんだ?」
「車掌になりました」
「へぇ、小池が車掌か。駅はどこにいた?」
「吉祥寺駅に居ました」
「すっかり東京人だな」
「そんなことないですよ」
「ところで、休日はなにをしているんですか?」
「休み?新幹線で山都に帰るよ。
 ガキも小さいしな。
 ま、ひとりで自由が丘でお茶してもしょうがないしな」
「この後、保線に復職できるんですか?」
「できるよ、それが約束で2年もパン作りをやっているんだから」
「そうですか」
「お、小池、悪いけど、レジ任せっぱなしだから持ち場に戻るな。
 すぐに勤務が終わるから、あとで駅前で待ってろ!」

いつの間にか、
僕と伊藤さんの周りには、
あちこちから単身赴任してきた、
無骨な鉄道マンが集まってきて、
僕らの話をニヤニヤ笑いながら聞いていた。

コーヒーを入れてくれた岩手出身の駅員さんは、
「伊藤は幸せもんだよな。面会に来るやつが居るんだぜ!」と
羨ましそうに皮肉った。
僕は伊藤さんが上がってくるまで、
他の職員さんに東京トレンディスポットの講釈をしていた。

駅前で伊藤さんを待っていると、
伊藤さんはラルフローレンのシャツの襟を立ててやってきた。
この服装は昔から変わりない。
僕らはJR駅ビルに入っている、
こじゃれたカフェ・バーに入った。

「最近は駅も垢抜けちまってよ、こんな店もあるんだぜ」
「さすが、民間企業のJRですね」
「俺たちのグローブみたいな手で作ったパンを『美味い!』と言って、
 買って行く客がいるんだから、人間の舌はあてになんねーな」
「パン作りのほうが向いているんじゃないですか?」
「冗談を言うなよ、とっとと地元へ帰るぞ!」

その夜は伊藤さんと故郷の話で盛り上がった。
伊藤さんは「明日も早いんだ」と言い、
大井町の独身寮へ帰って行った。

それ以来、
僕はパン屋さんに顔を出すことは無かったが、
しばらくしてパン屋の前を通ったら、
店名も内装も変わっていて、
アルバイトの女子高生がレジを打っていて、
鉄道職員の作るパン屋は無くなっていた。

その年の暮れ。
僕は実家に帰って友達の車でドライブをしていると、
JRのトラックが前からやって来た。
サングラスをかけて、
助手席のダッシュボードに足を上げている、
伊藤さんを見て僕は安心した。



『秋祭りと五十嵐さん』

小学生6年生の夏の終わり、
友達と秋祭りに出かけた。
テキ屋で買ったホット・ドックを食べながら、
大通りをブラブラと歩いていると、
山都駅駅員の五十嵐さんとすれ違った。
五十嵐さんは、
“カラン・コロン”と下駄の音を立てながら、
ひとりで歩いていた。

五十嵐さんは、
新潟から山都駅に単身赴任してきた新米駅員で、
駅の隣に建っていた官舎にひとりで住んでいた。
神社から少し離れた官舎まで、
笛と太鼓の音色が聞こえてきたので、
懐かしさのあまり、
お祭りを見に来たのだろう。

五十嵐さんは、
僕とすれ違ったことに気付かなかったけれど、
提灯に照らされた五十嵐さんの表情を見ると、
どこか寂しさが感じられた。

新潟出身の五十嵐さんは、
笛と太鼓の音色に誘われて祭りを見に来たものの、
見慣れない顔と初めて聴いた笛の旋律に、
懐かしさよりも、
孤独感を強く感じていたかも知れない。

「今、すれ違った人、山都駅の駅員さんだよ...」
「ふーん、そうなんだ」

友達は僕の言葉に関心を示すこともなく、
ホット・ドックを食べていた。
後ろを振り返ると、
五十嵐さんはカメすくいに夢中になっている子供達を遠巻きに眺め、
提灯の灯りが途切れている真っ暗な道に消えて行った。

翌日、駅に行くと、
五十嵐さんは駅前広場の落ち葉を黙々と掃除していた。
僕は昨日のお祭りですれ違ったことを話そうかと思ったけど、
なんとなく言いにくかったので、
黙って五十嵐さんの掃除を手伝うことにした。

一通りの掃除が終わると、
五十嵐さんは黒くて小さな小銭入れから、
100円玉を取り出して僕にコーラを買ってくれた。
五十嵐さんはすぐにコーラを飲み干し、
「ありがとう」
と言って駅に戻った。

山々が紅葉に染まる頃、
山都駅に行くと、
五十嵐さんの姿は無かった。
落ち葉の掃除をしていた年配の駅員さんに、
五十嵐さんのことを尋ねると、
「五十嵐は転勤になった」と言った。

夏の終わりになると、
都会のアパートにも秋祭りの笛の音が聴こえてくるが、
その度に、
故郷の秋祭りで五十嵐さんに声を掛けなかったことを、
後悔してしまう。



『青春十七歳・初恋列車』最終章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 最終章「てがみ」


駅名表が目に入った。
久根別駅の「別」は「川」ではなく、
やはり「別れ」の「別」だったのだ。
僕は涙が出そうになったので空を見上げた。
空の色は息をのむほど美しいオレンジ色になっていて、
どこか秋の気配が漂っていた。


17時24分。
夕日と同じ色のディーゼルカーがやってきた。
僕は二重窓を開け、
久根別の街に消えた住美代ちゃんの姿を探した。

「いるわけないじゃん。何十分経ってんだよ」

僕は窓を閉めて、
住美代ちゃんからもらったチェックの紙袋を開けてみると、
そこには片岡義男の文庫本が入っていた。
ペラペラとめくってみると、
買ったばかりのものではなく、
住美代ちゃんが読んだ形跡があった。
使い古したものには温もりがあるが、
その温もりが辛く突き刺さる時もある。

僕は文庫本に目を通したが、
目は文字の上を泳いでいるだけで、
まったく頭に入らなかったので、
片岡義男の文庫本を紙袋にしまった。

列車は隣の七重浜駅に着いた。
ほんの数日前、
僕と住美代ちゃんは七重浜駅前の細い道を歩いて海に行った。
そんな出来事がずいぶん昔の夏のことのように思えた。
それに比べて、
今日は赤とんぼが飛んでいそうな秋の空になっているのだ。

列車は函館に着いた。
空はオレンジ色から藍色に変わりかけていて、
そのグラデーションを見ていると、
寂しさが倍増してきた。
僕は駅前広場に出た。
後ろを振り向くと函館山が見えた。

彼女が言ったように、
あの山は下から眺めるのではなく、
恋人と二人で登って、
夜景の中で「好き」や「ハート」という文字を見つけて、
幸せや両思いを掴むしかないのだ。
そんな途方のないことを考えていると、
青函連絡船の汽笛が聞こえてきた。

「ボォーーーー」

力強い汽笛だが、
僕には悲しみの汽笛にしか聞こえなかった。
夜行の青函連絡船に乗るまでには時間があった。
そう言えば、
今日は何も食べていなかったので、
売店であんぱんとコーヒー牛乳を買った。

夕食を食べ終えても時間は余りあった。
僕は近くの電話ボックスに行き、
タウンページで彼女の家の電話番号を探した。

「確か、建設業をやっているとか言っていたけど...」

タウンページをペラペラめくっていると、
それらしい住所と電話番号を見つけた。

「○○建設 上磯町久根別○ー○ー○」

僕はリュックからノートと鉛筆を出そうとしたが、
住美代ちゃんは僕の住所を聞いただけで、
自分の住所と電話番号を教えなかったので、
メモをとるのはやめることにした。

日付が変わった頃、
夜行便の青函連絡船は悲しげな汽笛を鳴らして函館を出航した。
本格的な秋風が吹く肌寒い甲板で、
僕は函館山が見えなくなるまで立っていた。

青森から郡山まで各駅停車で帰った。
旅を終わらせるのが辛かったからだ。
途中、一ノ関と仙台で乗り換えたが、
車内ではほとんど寝ていたので、
網走で買った「網走刑務所」の木札を忘れてしまった。

会津に戻ると蒸し暑い残暑が僕を出迎えた。
山都駅の改札を出ると、
僕は非日常から目が覚めて、
少しだけいつもの自分に戻っていた。

家に帰るとばあちゃんが話しかけてきた。

「北海道はどうだった?」
「函館がよかった」
「それは良かったね。
 ばあちゃんは函館の白百合学園高校を出たんだよ...」

初めて聞いたばあちゃんの履歴だった。

「女学校に行っていたときは,
 カフェーに行ってレコードを聴いたり...
 坂道を降りてゆくとその先には港が見えてね...」
「へぇー、函館山には登ったことある?」
「あるよ」
「夜、登った?」
「あぁ、神父さんに見つからないように寮を抜け出して登ったよ...」
「それで、山の頂上から『好き』や『ハート』という文字を見つけたりした?」
「宏康、どうかしたのかい?」




夏休み最後の日に僕宛の手紙が届いた。
差出人は書いてなかったが開封してみると、
一枚の写真が落ち葉のように畳に落ちた。

その写真には女性教師と思われる人と、
セーラー服を着ている高校生が数人写っていた。
学校の教室で撮影されたもので、
なぜか全員がアイスクリームを持っていて、
住美代ちゃんは右手でアイスクリームを持ち、
左手でアイスが床にこぼれないようにしているポーズだった。

そして、封筒には一枚の便箋も入っていた。

「先日は本当に来てくれてありがとう。強い男の人になってください」

便箋にはそれしか書いていなかった。
それ以来、
住美代ちゃんから手紙が来ることはなかった。

今でも時どき、僕の心の中は
ぬるいコーラでベトベトになる。




おわり



『青春十七歳・初恋列車』第五章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第五章「約束のプラットホーム」


釧路でもユースホステルに泊まった。
夜行が続くと布団の中で眠りたいものだ。
僕は大学生グループと一緒にぬさまい橋を撮影し、
ラーメン屋で食事をした。

翌日、
僕は札幌行きの特急に乗っていた。
いつもの僕だったら、
池田から池北線に乗って、
足寄の松山千春の家を訪ねるか、
ラベンダー畑で有名な、
富良野・美瑛もコースに加えるのだが、
僕の頭の中は彼女の事でいっぱいで
観光コースの設定に力が入らなかった。

札幌駅で夜行が出発するまで時間を潰し、
夜行鈍行で函館に向かった。
列車の中でリュックを整理してみると、
未使用のフィルムがたくさん出て来た。

いつもの僕ならたくさん写真を撮るのに、
今回はほとんど写真を撮っていない。
どうやら頭の中は初日の函館からストップしていて、
写真を撮る状態ではないらしい。

函館には早朝に着いた。
近くの路線をぶらぶら乗って時間を潰し、
彼女と約束した久根別駅に向かった。
時間はまだ15時だった。

久根別駅も七重浜駅と同じ無人駅だった。
誰もいないホームのベンチで、
久根別駅の駅名表を見ていると、
「別」という文字に目に入った。

16時を過ぎた。
夏なのに陽が傾いているように感じる。
あたりの景色がオレンジ色に染まってきた。

僕はとても不安だった。
彼女は本当にやってくるのだろうか?
単に気まぐれで言ったのではないか?
もし、
来たとしても迷惑そうな顔をしたらどうしよう。

僕は落ち着かなくなって、
駅前の自動販売機前に移動した。
僕は自動販売機のお店の人に怪しまれないように、
コーラを買って彼女を待っていた。





16時14分。
久根別駅にオレンジ色のおんぼろディーゼルカーが到着した。
ドアがゆっくり開くと学生がドッと降りてきた。
僕は慌ててホームへ走った。

学生達は見慣れないよそ者の僕を不思議そうに見て、
駅前に止めてあった自転車に乗って行った。
学生らを運んできたディーゼルカーのドアはゆっくり閉まり、
うるさいエンジン音を響かせて発車して行った。

「やっぱり来ないな...」
と思った時、
前方から4、5人の女子高生グループが歩いて来た。

「もしかしてこのグループか?」

でも、
それらしい子は居ない。
溜め息をついて諦めかけた時、
グループの一番後ろに、
白いデッキシューズを履いた女の子がいた。

「住美代ちゃんだ...」

先日は私服で大人っぽく見えたけど、
制服を着ていると少し幼く見えた。
住美代ちゃんは短いスカートを履いて、
手にはつぶれたカバンを持っていた。
夕日のせいか栗色の髪がやや明るく感じたが、
あの白いデッキシューズを履いた姿は、
紛れもなく住美代ちゃんだった。

どうしよう...グループでいる。
僕は迷った。
どんどんグループは近づいてくる。
胸が高鳴ってきた。
住美代ちゃんは楽しそうに友達と話している。

その友達が僕に気付くと、
住美代ちゃんも僕に気付き、
友達に「知り合いなんだ」と言って僕のところにやって来た。

「じゃあね!」
「バイバイ!」

友達は僕の顔を不思議そうに見て去って行った。

「やだぁ、本当に来たんだ!」

あどけない顔をしながら、
人を試すような台詞といい、
大人びた口調は相変わらずだった。

「ねぇ、どこ行ってきたの?」

僕は行った場所を箇条書きの文章を読むようにしゃべった。

「わたしの行ったことがない所ばかりだよ...」
「その後、家出していないよね」
「家出はしてないよ。大丈夫」
「よかった、心配したよ」

会話は一問一答形式だった。
明らかに先日の住美代ちゃんとは受け答えが違っていた。
僕はそれに気付かないふりをして話そうとしたが、
悲しい気持ちが先に出てしまい、
思ったように口が開かなかった。
すると住美代ちゃんが口を開いた。

「宏康くん、ごめんね、これから家庭教師が来るから帰らなきゃ...」

「僕より勉強かよ..」

心の中でそう思った。

今にも歩き出しそうな住美代ちゃんを見て、
僕は僕に心の中で呟いた。

もう行ってしまうんだぞ!
時間がないぞ!
もう一生会えないかもしれないんだぞ!
住美代ちゃんは夜行列車の窓から見えた、
真っ暗闇に浮かぶ家の灯りの住人になってしまうんだぞ!

もうひとりの僕の呟きはいつしか叫びに変わっていた。

気持ちがピークに達した僕は、
何を血迷ったのか、
思いがけない言葉を彼女に言った。

「住美代ちゃんには好きな人がいるの?」

彼女は笑いながら、

「いるよ...」
「誰?」
「家庭教師」
「............」

だから住美代ちゃんは家庭教師が来る前に家出してきたのだ。
住美代ちゃんの家庭教師は頭のいい、
どこかの大学生なのだろう....
勉強を教えてもらっているうちに、
そこに恋が芽生えたのだが、
二人の間に何かが起きて、
家出をしてきたのだろう....
僕は勝手な想像をしていた。
一番したくない想像をしてしまう自分がとても嫌だった。

住美代ちゃんは気まずい顔も見せずに、
煎餅カバンからノート出し後ろのページを開いた。

「手紙書くね、宏康くんの住所を教えて...」

僕は今まで味わったことがない感情に包まれ、
胸が掻きむしられるような気持ちになって、
目の裏側で何かが動いているのが分かったが、
息を大きく鼻から吸ってノートに住所を書いた。

住美代ちゃんはノートをカバンにしまってから、
チェックの紙袋を僕に渡した。

「これ、あげる...」
「何これ?」

僕は時間を引っ張ろうとした。

「あっ、ごめん。ほんと家に帰らなきゃ、じゃ、さよなら!」
「..........」

住美代ちゃんはオレンジ色に染まった街の中へ走って行ってしまった。
このやりとりはわずか3分程だった。


つづく



『青春十七歳・初恋列車』第四章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第四章「錆びた線路。人恋しくて…」


利尻号の出発時刻が近づいてきたので列車に戻った。
利尻は札幌から旭川まで函館本線という幹線を走ってきたが、
旭川から終点の稚内までは宗谷本線という偉大な名前の路線を走る。
しかし、本線というのは名ばかりで、
線路も枕木もローカル線程度のレベルなのでとても揺れた。
利尻と僕。ふたりともとても揺れているのだ。
真っ暗闇の窓に寂しそうな自分の顔が映った。
僕はカーテンを後頭部にかけ、
窓に自分の顔が映らないようにした。

車掌のアナウンスで目が覚めた。
列車は最果てのサロベツ原野を走っていた。
同じ北海道でも函館あたりとはかなり雰囲気が違っていた。
雄大というより荒涼という言葉がよく似合う風景だ。
車窓には丘陵が広がり、
辺り一面には熊笹が生い茂っている。
左側に利尻山が見えてくると、
日本最北端の稚内駅に着いた。

稚内駅前には、
鉄道、バイク、自転車、
あらゆる乗り物を駆使して、
この地までやってきた若者がシュラフで寝ていた。
早起きの連中はバーナーでカップラーメンを作っている。

僕は稚内港北防波堤ドームへ向かった。
かつて、
稚内から樺太の大泊へ稚泊航路が出航していた。
今ではそんな当時の面影もなく、
ただの観光地になっている。

帰り道、
宗谷本線の線路が終わっているところを見つけた。
錆びた線路はタンポポの咲く草むらの中でひっそりと途切れていた。
その錆びた線路を見ていると、
最果てに来た喜びよりも、
今まで感じたことがない寂しさが込み上げてきた。

稚内を後にし、
天北線というローカル線で南下した。
列車は観光シーズンというだけあって、
都会並みの車両の長さだったが、
僕の乗った車両は貸し切り状態だった。

僕は窓を全開にして、
窓際の小さなテーブルにコーラを置いた。

列車は大自然を走る。
果てしなく続くサロベツ原野には、
いくつもの熊笹が生い茂り、
熊笹は列車が通るたびに踊っているように揺れた。

時々、原野のアクセントのように、
人の温もりが感じられるサイロが見える。
それと同じくらいに、
荒れ果てたサイロも数多く見かけた。
ここで夢を追い開墾した開拓者たちは、
厳しい自然よりも、
厳しい孤独に耐えられなくなって、
この地を去っていったのだろうか。
夢と現実の狭間での葛藤。
列車に乗っている僕でさえ、
この荒涼たる風景を見続けていると、
人恋しくなってくる有様だ。
僕は開拓者になんて絶対になれない。

天北線は運行システムがコンピューター化されていない。
「コンピューター化」という合理化がされないということは、
この大自然を走る路線は廃止になるという意味だ。
機械化されない原野の駅には必ず駅員がいた。
1日の利用者は数十人もいればマシなほうだろう。
そんな小さな駅を急行列車は風のように通過してゆく。
たったひとりだけの駅員は木でできた短いホームに立って、
通過してゆく急行列車に敬礼をしている。

僕も通過駅の駅員に敬礼をしてみた。
一瞬しか見えない僕の敬礼に気付いた駅員は敬礼を返してくれた。
駅の周りには民家もなく、
列車の本数も数時間に一本なのだ。
駅員も仕事とはいえ、
この駅の勤務はとても寂しいはずだ。
僕は駅員と熊笹に敬礼する天北線の旅を楽しんだ。

列車は旭川に着いた。
ここから網走方面に向かう石北本線に乗り換え、
留辺蘂(るべしべ)駅まで行き、
今夜の宿となる留辺蘂ユースホステルに向かった。
ユースホステルはシーズン中なのでとても活気があった。

ユースホステルでは管理人さんをペアレントと呼ぶ。
一夜だけ僕の親代わりになるという意味だからだ。
ペアレントさんは、
「遠くから大変だったね。温かいごはんができているよ」
と僕を食堂へ案内した。
食堂に行くと一人旅の大学生が、
「いっぱい食べた方がいいよ」
と大盛りごはんをよそってくれた。

兄弟がいない僕にとっては、
ユースホステルで出会う大学生や社会人は、
一夜限りの兄であり姉である。
そんな兄や姉は旅から人生まで、
とても幅広い事を僕に教えてくれた。
今日はごはんをよそってくれた大学生が、
僕の兄貴になっていた。

「何で留辺蘂に来たの?」
「明日、金華駅と生田原駅の間にある常紋信号所に行くのです」
「ひとりで行くの?」
「はい」
「気を付けて行ってきてね」

常紋信号場は列車の行き違いをするだけの施設だ。
かつては信号場の近くにある常紋トンネルから出て来たSLが、
煙をもくもくと吐き出して力強く走っていた。
この付近は有名撮影地として、
すばらしい写真・録音作品が生まれたお立ち台で、
僕はこの場所で列車撮影をしたかったのだ。

翌日、
ユースホステルから自転車を借りて常紋トンネルを目指した。
ペアレントさんは「気を付けてね」と言った。

自転車に乗ってひたすら国道を走る。
道に迷いながらも、
やっと信号場の近くと思われる所まで来たのだが、
どうやって線路まで上がれば良いのかわからず、
笹の中をこいで山を登っていくと、
遠くで「ガサガサ」と音がした。

僕は唾を飲んだ。
その瞬間、
黒くて大きい生き物が、
こちらに近づいてきているのが分かった。

「ガサガサ」
「ブーン」

なんと頭上には大きな蜂の巣がたくさんあり、
大きな蜂は音を出して僕を威嚇していた。
僕は背中に全神経を集中し、
黒くて大きな生き物と蜂から逃げるために、
草薮を転がるように降りて、
自転車のペダルを全速力でこいだ。

血相を変えてユースホステルに戻った来た僕に、
ペアレントさんはこう忠告した。

「ここには来るな!という意味なんだよ」

その言葉には説得力があった
僕は留辺蘂でのミッションを諦め、
網走へ向かった。

網走では番外地を見学し、
「網走刑務所」の木札をお土産に買い、
絶対にここに入るような大人にはならないと誓い、
網走から釧網本線に乗って原生花園を眺めて、
夜霧に包まれた釧路に到着した。


つづく




※天北線は1989年に廃止されました。



『青春十七歳・初恋列車』第三章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第三章「ぼくの銀河鉄道」


列車は函館に着き、
函館から札幌行きの特急北斗に乗った。
北斗号はおんぼろディーゼルカーとは比べものにならないスピードで、
噴火湾に沿って札幌を目指した。
海を見ながら長万部のかにめしを食べ、
僕は優雅な特急列車の旅を楽しんだ。

札幌では待ち時間があった。
東京並みの通勤ラッシュが発生している街に、
夜遅くまで居なくてはならないと思うと憂鬱になった。
それでも札幌駅で列車の写真を撮って、
僕は改札を出て街を歩いた。
街を歩いていると、
ローソンという聞き慣れないコンビニがあった。
福島にはセブンイレブンしかないのだ。

街を少し見ただけで札幌駅に戻ってきた。
今夜は夜行列車に乗ることだけは決まっているのだが、
肝心な行き先が決まっていない。

札幌からは稚内、網走、釧路、函館行きの夜行が出発する。
一瞬、函館に戻ろうかと思ったが、
函館に戻っても住美代ちゃんに会えるわけでもないのだ。
僕は函館以外の街へ行く列車に乗ることにした。
残された列車は、
「21時20分発、急行利尻・稚内行き」
「22時02分発、急行大雪・網走行き」
「22時20分発、急行まりも・釧路行き」
の3本だ。

それにしても国鉄の列車名は、
どれもこれも旅情溢れる名前ばかりだ。
特に北海道の列車名は、
未だ見ぬ地への期待感が、
ふんだんに詰まっているように思える。

僕は函館の“呪文”から自分を解き放つため、
急行利尻・稚内行きに乗ることに決めた。
自由席の乗車口に早々と並び、
美しいブル−の客車に乗り込んだ。
寂しげな機関車の汽笛が聞こえると、
利尻号は稚内を目指し出発した。
真っ暗闇の車窓を眺めていると、
時折、家の灯りが見えてきた。

「あの灯りの家にはどんな人が住んでいるのだろう?
 あの家に住んでいる人とは一生会えないかも知れないし、
 偶然、出会えるかも知れない...」

列車は旭川に着いた。
到着時刻は23時45分で
発車は日付を超えた0時17分だ。
利尻号は稚内に朝早く着かないように、
途中の主要駅で時間を調整してゆく。
僕はその調整時間を利用し、
改札を出て駅前に出てみた。

初めて降りた深夜の旭川は静まり返っており、
暇そうなタクシーの運転手がハンドルに足を乗せて眠っていた。
日常なのか非日常なのかわからない不思議な空間にいると
ふと、銀河鉄道999を思い出した。
999号が惑星に停車している間、
鉄郎とメーテルはその星でさまざまな人たちに出会う。
しかし、
999号は発車時間になると惑星を定刻に発車し、
アンドロメダを目指す。
鉄郎は999号が惑星を出発するたびに、
辛い別れを経験してゆく。

「別れ...」
北海道には「別」という地名が多い。
「別」はアイヌ語で「川」という意味である...
と何かの書物で読んだことがある。
しかし、
僕にとってはの「別」は、
日本語の「別れ」という意味にしか思えなかった。

「今日は家出してないよな...」

ふと、彼女のことを思い出した。
彼女は家出するほど苦しい立場にいる。
それに比べて僕は鉄道旅行を楽しんでいる。
僕は単に通りすがりの旅行者なのだが、
彼女にとって北海道は生活の場なのだ。

間もなく日付が変わろうとしていた。
今日が昨日になってしまう。
住美代ちゃんに出会えた今日という日が、
過去にならないで欲しいと思った。
僕の気持ちは揺れに揺れていた。


つづく



『青春十七歳・初恋列車』第二章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第二章「無人駅と片岡義男」


思いがけない展開になって僕はドキドキしていた。
彼女の顔にはあどけなさが残っているが、
タバコの吸い方、
栗色に染めた髪、
媚びない話し方がとても大人に見えた。

彼女は僕のリュックを持って改札に入り、
オレンジ色のディーゼルカーに乗った。
くたびれた車内に入ると、
木張りの床と二重窓が目についた。
北海道の列車は寒冷地仕様のため二重窓になっていて、
僕は初めて見た二重窓を開けたり閉めたりした。

「あなた、何やっているのよ...」
「窓が二重窓だから...」
「そんなの珍しがっているから女の子にモテないのよ」

窓の開け閉めと、
女の子にモテないことは関係あるのだろうか。
でも、
彼女の言う通り、
僕は女の子にモテない鉄道オタクだった。

僕が窓を閉めようとすると、
彼女は暑いからそのままでいいと言い、
僕を進行方向窓側に座らせ、
僕の目の前に座った。

一カ所だけ窓が全開になっている2両編成のディーゼルカーは、
うるさいエンジン音を鳴り響かせ函館駅を後にした。

「北海道の家は玄関が二重になっているんだよ。
そのうち民家が見えてくるから見てみてごらん」

僕は黙って車窓を眺めていた。
別に二重玄関が見たいのではなく、
彼女と目が合うのがとても恥ずかしかったからだ。

「どこまで行くの?」
「七重浜」
「そこに何かあるの?」
「いいから、黙ってなよ」

ディーゼルカーはしばらく市街地を走っていたが、
すぐに閑散としたローカル線の風景に変わっていた。
車窓からは彼女の言う二重玄関が見える。

列車は七重浜駅に着いた。
七重浜駅は函館駅からふたつめの無人駅だったが
海に近いせいか、
寂しさは感じられなかった。
列車からホームへ降りると潮の匂いがした。
この辺りで潮の匂いが届かない所などきっと無い。

彼女はホームをつかつかと歩き出し、
僕は彼女の後をついて行った。
そのせいで会話は途切れたが、
沈黙を行使するにはちょうどいい距離感だと思った。
彼女が履いている白いデッキシューズを見ながら、
静まり返った住宅地を歩いていると、
彼女が自動販売機の前で立ち止まった。

「ね、ジュース買ってよ。あたし切符代しかないんだ」

僕はお腹に隠してあるマジックテープの財布をごそごそと出した。

「あはは!財布どこにしまってんのよ!」

僕は恥ずかしさをこらえながら、
温かい財布から100円玉を2枚取り出そうとした。

「いいよ一本で。あたしコーラがいいな!」

住宅地を抜けると、
羽虫の飛ぶ音が聞こえてきた。
そんな静寂に満ちた道を歩き続けると、
目の前に青色の海が見えてきた。

「着いたよ!」

そこは何もないごく普通の砂浜だった。
目の前には青函連絡船から見えた函館山が、
すっきりと見渡せた。
彼女はデッキシューズに砂が入るのもお構いなしに、
子供のように波打ち際まで走って行った。

「ここは地元民の穴場なの!」
「確かに誰もいないね...」
「えーと、あれが函館山で...」
「夜景がきれいなんでしょ?」
「残念、夜までは付き合えないんだけどね...」
「あ...そんな意味じゃなくて...」
「知ってる?夜景の中に『好き』や『ハート』という文字を見つけると、
幸せになれたり、両思いになれるんだって!」

彼女は嬉しそうな表情で話した。
彼女を砂浜に敷いたバンダナの上に座らせ、
その位置から微妙に離れたところに、
もう一枚のバンダナを敷いて僕が座った。

僕らは体育座りになり、
海と函館山を飽きずに見ていた。
聞こえてくるのは波の音と、
ときどき聞こえてくる青函連絡船の汽笛だけだ。

「私、住美代。あなたの名前は?」
「宏康」
「何年?」
「2年」
「へぇ、ひとつ上なんだ。でもガキっぽいね」
「.......」
「私ね、昨夜から家出してるの...」
「家出?」
「父親が嫌でさぁ、あと勉強も。
 昨日は家庭教師が来る前に家出して来て、
 函館駅で夜を明かしたんだ。
 家を慌てて出て来たからライター持ってこなくてさ...」

彼女は独り言のような言い訳のようなことを話した。
「父親」「家庭教師」
どちらも僕にとっては縁遠い話で、
気の利いた事を言えそうもないので黙っていた。

「あー、学校も家もつまんない。宏康くんは学校とか家が好き?」

「好き」と言うと格好悪いので「嫌い」と答えた。

「宏康くんも嫌いなんだぁ。あたしと一緒だ」
「うん...」
「あーあ、ずっと夏休みだといいのに。
 福島の学校はいつまで夏休みなの?」
「8月いっぱいだよ」
「内地は長くていいね...」

僕らは学校のこと、将来のこと、それと音楽の話をした。
でも、好きな人の話題は出てこなかった。

「ねぇ、片岡義男、読んだことある?」
「誰それ?」
「知らないの?バカだなぁ」
「本は読まないから...」
「じゃ、何読むの?」
「時刻表...」
「そんなんじゃダメだよ...」
「ダメなの?」
「片岡義男を読むと大人になれるし、女の子にもモテるのよ」
「本当にモテるようになるの?」
「本当だよ...」

彼女が放つ大人の世界に完全に翻弄されていた。
「本を読む」「大人」「女の子にモテる」、
今まで足を踏み入れたことのない世界へ、
僕を連れて行ってくれるような気がした。
すると、
彼女は急に立ち上がって僕に近づいてきた。

「目をつぶって...」

ほんの数秒の出来事だった。
僕の体からは魂が抜けてしまっていた。
誰かがグレープフルーツの味がするとか言ってたけど、
少し違うような気がした。

「ねぇ、さっきのコーラちょうだい」

僕はぬるくなったコーラを彼女に渡した。

「あー、ぬるいけど、うまいっ!」

僕は下を向いていた。

「宏康くんも飲めば?」
「一本しか買わなかったよ...」
「じゃなくて、ほらっ!」

彼女は僕にコーラを渡した。
僕は缶に口をつけないようにコーラを飲もうとした。
コーラはほとんど口に入らずに喉のあたりにこぼれてきた。
僕はベタベタになった手でコーラを返そうとすると、
彼女は笑った。

「宏康くん、全部飲んでいいよ」

僕らは何時間も飽きずに青い海を見ていたが、
僕の頭の中はずっと真っ白だった。

「ね、宏康くんは好きな人がいるの?」
「え?」
「ねぇ、いるの、それともいたの?」
「1年の時、ちょっとだけ付き合った人がいたよ」
「えー、宏康くんに彼女がいたんだ?」
「友達の紹介だけど...」
「それで?」
「今年の1月に終わった...」
「いつから付き合ったの?」
「去年の12月...」
「それって、付き合ったって言わないよ」
「いや、倦怠期...」
「倦怠期じゃないよ...それはフラれたんだって!」
「そうなんだ...」

彼女は僕の失恋話を涼しい顔で聞きながら、
僕が失恋した原因の分析を始め、
様々な角度から恋愛のアドバイスをしてくれたが、
僕にはまったく意味が分からなかった。
しばらく沈黙が続くと、

「あたし帰ろうかな」
「そうだね...帰ろう」

僕らは来た道を戻った。
帰り道は来る時よりも早く感じられた。
駅のトイレでコーラでベトベトになった手を洗い、
待合室の列車時刻表を見てみると、
間もなく函館行きの列車が来る時間だった。

「上りはすぐ来るね。私は下りなの...」
「住美代ちゃんの家は近いの?」
「隣の久根別駅だよ」
「ということは下りだね」
「ね、宏康くん、また会おうよ!」

本心なのだろうか?
もし、それが本当ならば、
ずっと函館にいようかな..と冗談を交えて言おうとしたら、
住美代ちゃんは僕から視線を外して何かを指折り数えていた。

「えーと、5日後だな。
 5日後、久根別駅のホームで16時過ぎに待ち合わせね。分かった?」
「分かった...」

カンカンと踏切が鳴りだした。

「ほら、汽車が来るよ。じゃね!」
「じゃ、また..」

やってきたのは二重窓のおんぼろディーゼルカーだった。
僕は低いホームから列車に上がるように乗り、
空いているボックスにリュックを置いて窓を開けた。

「じゃ、気を付けて行ってきてね!」

彼女はそう言うと、
一度だけ小さく手を振って、
すぐに目を反らした。
それがとても大人の仕草に見えた。
僕も何事も無かったように目を反らし座席に座った。
ドアがゆっくり閉まり、
ディーゼルカーは七重浜駅を出発した。
彼女はまたこちらを見て手を振った。
僕も小さく手を振った。

ディーゼルカーは軽快に走っていた。
僕もそのリズムに合わせて“呪文”のように、
「片岡義男、片岡義男」と頭の中で反芻していた。


つづく




※住美代ちゃんと乗った江差線は、1988年3月13日、
 青函トンネルの開通で本州と北海道を結ぶ大動脈路線となりました。
※北海道用の耐寒仕様車輛は二重窓になっており、
 雪が融けた時に滑りにくくするため、床が木張りものが多くありました。
※函館山は夜景の中に「好き」や「ハート」という文字を見つけると
 幸せになれたり、両思いになれると言われているほか、香港、ナポリとともに
 「世界三大夜景」と呼ばれています。



『青春十七歳・初恋列車』第一章

『青春十七歳・初恋列車』(全六章)
 第一章「北国の街〜出会い〜」


羊蹄丸の手摺に寄りかかりながら、
夕方から夜へ変わりゆく東京湾の空と海を眺めていた。
埋め立て地の彼方には、
赤と白のクレーンがキリンのように立っていて、
そのキリンの先端で点滅する航空障害灯が目に入ると、
22年前に北海道へ行った時のことを思い出した。



羊蹄丸から見た津軽海峡


汽笛と「蛍の光」(1'39")
再生できませんでした



1985年夏。
僕は夏休みを利用し北海道へ出かけた。
山都駅を午前中の列車に乗り、
山形、秋田を経由し、
青森駅に着いたのは午前0時近くだった。

青森駅の長いホームに降りると一目散に桟橋へ走った。
タラップを渡り青函連絡船に乗り込こむと、
今夜の寝床となるカーペット座敷へ向かった。
この座敷は一人分という区分けが無かったので、
先に荷物などで場所を確保しておけば、
自分の陣地を広くキープできた。
さらに足を伸ばして横になれるので、
グリーン座席よりも快適なことが、
昨年の経験で分かっていた。
カーペット座敷で足を伸ばし、
これから始まる北海道の旅へ期待を込めながら、
美しい青森港の夜景を眺めていた。

出航の汽笛が鳴り響き、
蛍の光が流れ始めると、
青函連絡船3時間50分の航海が始まる。
船が港を離れ安定した運航になると、
船長の放送が始まり、
出航・到着時刻などの案内に続き、
現在の津軽海峡の概況が聞こえてきた。
僕はその案内を聞いているうちに、
海峡の風を浴びたくなり、
座敷を立ち上がって甲板に向かった。

甲板に出ると、
湿った海風に潮の香りが混ざっているのが分かった。
すっきりと晴れ渡った夜空には、
早く流れる白い雲と星たち、
遠くに離れゆく街の光と、
夜空より黒く見える大地が見えた。

甲板には僕と同じ考えの人がいて、
黙って真っ暗闇の海を見つめていた。
手すりに寄りかかり視線を海に向けると、
船首が切り裂いたエンドレスの白い波が海に散ってゆく。
そんな白い波を見ていると、
旅の開放感も手伝ってか、
体と頭から余計な力が抜けてゆくようだった。

しばらく潮風に身を任せていると、
水平線にまとまった光が見えてきた。
恐らく下北半島のどこかの街の灯りだろう。

「あの灯りの中にも、人の生活があるのだ」

などと哲学的になっていると、
海上に鮮烈な灯りが見えてきた。
その灯りはイカ釣り漁船の漁り火で、
漁り火は真っ暗闇の海峡を昼間のように照らし、
その漁り火を瞬きもせずに見てから強く目を閉じると、
漁り火がメンタル・スクリーンに強く残った。

僕は覚えたてのタバコに火を点けたが、
海風のせいでタバコはすぐに短くなってしまう。
今回持ってきたタバコは学校で流行っている、
ラッキー・ストライクというタバコだ。

少し肌寒くなってきた。
僕は階段を降りて船内に戻った。
しばらく船内をうろついているとシャワー室を見つけた。
僕は長旅の疲れを癒すべくシャワーを浴びようと思い、
着替えを持ってシャワー室に行った。
200円を入れて熱いシャワーを浴びていると、
疲れと汗が一気に流れていった。

シャワーを浴びてすっきりした僕は、
カーペットで横になった。
函館到着までの僅かな睡眠時間だが、
これからの長旅に備えてダウンしないよう、
よく眠れるように顔にタオルをかけて目を閉じた。
船の揺れと巨大エンジンの重低音が、
ゆりかごと子守唄のような関係になって
僕は深い眠りに入っていった。

辺りがざわざわしていた。
時計を見た。早朝4時過ぎだ。
津軽海峡の海はどんよりとしたグレー色だった。
窓からは函館山と思われるシルエットと、
奥に連なる山々が見えてきた。
そんな光景を見ていると、
外国に来たような感じがした。
会津から汽車と船に延々と揺られてきた僕にとって、
北海道はまさに外国だった。

僕は洗顔を済まして甲板に出た。
甲板で間近に迫った北海道を見ようと思ったからだ。
港には別の連絡船が停泊していた。
こちらの船が汽笛を鳴らすと、
停泊している船もそれに応える。
この汽笛には何かの意味があるのだろうが、
僕には海に生きる国鉄職員同士の挨拶に聞こえた。

船はゆっくりと桟橋に近づきタラップを降ろす。
僕は一歩一歩意識しながらタラップを渡り、
北海道の大地へ声を出して上陸した。
家を出てから十数時間、
本当にはるばるやって来たぜ、函館なのだ。

僕は大きな荷物を持った旅客に混じって、
函館駅へ向かう通路を歩き始めた。
函館駅から先へ向かう旅客は、
急ぐようにホームの列車へ吸い込まれていった。

僕は行き先を決めていなかったので、
閑散とした待合室に入り、
硬い椅子に腰掛けた。
本来ならば行き先を決めなければならないのだが、
僕はタバコを吸いながらボッーとしていた。
タバコを消して少し寝ようと思って、
目を閉じたその時だった。

「ライターを貸してください」

背後から女性の声が聞こえたような気がしたが、
あまりの眠さで気にも留めないでいた。

「ライターを貸してください」

今度ははっきりとした声が聞こえた。
慌てて振り返ると、
そこにはあどけない顔をした、
高校生ぐらいの女の子が立っていた。

「ライター貸してもらえます?」
「........」
「さっき、タバコ吸っていたでしょ?」

僕は女の子に黙ってライターを手渡すと、
女の子は慣れた手つきでタバコに火を点け、
僕の前に座ってからライターを返してきた。

「ありがとう。内地から来たの?」
「内地?」
「ごめん、本州から来たの?」
「はい...」
「旅行?」
「はい...」
「今の連絡船で来たの?」
「はい...」
「函館観光?」
「いいえ、北海道の鉄道を乗りに来ました」
「列車が好きなんだ。それで、これからどこへ行くの?」
「行き先は決めていないけど、
 5日間ぐらいで札幌、稚内、網走、釧路は行きます」
「へぇ、すごい!」

彼女は僕の頭から足の先まで興味深そうに見てた。
僕も彼女を少しだけ興味深く見た。
彼女の身軽な格好からすると、
とても旅行者には見えなかった。
この人は何をしに早朝の駅に来たのだろうか?

彼女はさっきのタバコを消し、
今度は無断で、
僕のライターでタバコに火を点けた。

「今日はどこ行くの?」
「まだ、決めていないんです」
「じゃ、函館観光すれば?」

僕は疲れていた。
確かに函館近辺ならのんびりできそうだし、
今の状態で長距離列車に乗るのはとても億劫だった。
そんな事を考えながら、
彼女の提案をどうしようかと考えていたら、
僕より先に彼女が口を開いた。

「ねぇ、あなたの家の近くに海はある?」
「山しかないです」
「海、見た事ある?」
「小学校の時と、さっき、船の上から見ました...」
「あんまり見たことがないってことね...」
「はい...」
「今日、ヒマだから案内しようか?」
「え?」
「函館の穴場へ連れて行ってあげるよ」
「汽車に乗れる?」
「大丈夫、汽車にも乗れるから!」
「はい...」
「よし、決まり!」


つづく




*青函連絡船の汽笛の音声ファイルをご提供いただいた
 「想い出の青函連絡船(http://www.geocities.jp/worion_5550/)」
 管理人Orion様に深く感謝申し上げます。
 ホームページでは数々の青函連絡船の写真と音声が発表されています。
*青函連絡船は、1988年3月13日をもって青函トンネルの開通により
 運航を終了しています。



『発車オーライ!』最終章

『発車オーライ!』 (全四章)
最終章「発車オーライ!」



向かって右が田崎さん。


群馬の会社に就職後、
私鉄に受かった2名と会う機会があった。
彼らは、僕に配慮するわけでもなく、
僕に鉄道の仕事話をおもしろおかしく話した。
僕は黙って聞くだけだった。

その後、群馬の会社を辞めて、
渋谷のレコード屋に勤めた後、
京浜急行の保線社員を受験した。

当時はバブル全盛期。
「保線」という職種は、
いわゆる「3K」と呼ばれた職種だったので、
僕は難なく合格した。
しかし、
初めての肉体労働に音を上げて辞めてしまい、
すぐに現在の会社を受験して、
1990年10月に僕は駅員になった。

入社後のある日、僕は改札に立ってた。
すると、
どこかで見覚えのある顔が改札を通った。
一瞬、お互いの目が合った。
その顔は例の私鉄男だった。

「小池!何でここいるんだ!?」
「やっと、お前らに追いついたよ。
俺が先に車掌になるからな」
「あはは。お前ってしつこいやつだな」
「しつこいと言うな、頑張ったと言え!」

その後、彼らには会うことは無かったが、
僕はすぐに車掌になり、
少しずつ仕事を覚えて充実した日々を過ごした。
でも、仕事に余裕が出てくると、
仕事と趣味の違い、
いや、
理想と現実、
ということに僕は気付いた。
しばらくはその事は考えないようにしていたが、
仕事で何かがあるたびに、
ひどく落ち込む事がしばしばあった。

それから数年後、
僕は休暇で実家に帰った。
久しぶりに押し入れを整理していたら、
山都駅で働いていた田崎さんの写真が出て来た。
ずっと写真を見ていると、
思いがけない感情が湧き出て来た。

家にも帰らずに駅の雪を片付けていた田崎さんに比べて、
今の自分は何なんだ!
そんな気持ちが出たと同時に、
顔は涙でぐしゃぐしゃになった。

そして、僕はこんな事を考えた。
とても浅はかであるが、
田崎さんに会いに行って、
今、僕がしている仕事の報告すれば、
何かが変わるかも知れない。

翌日、
僕は友人と田崎さんの住んでいる町の町役場へ行った。

「あの、田崎さんという方の住所を教えて欲しいのですが.....」
「プライバシーの保護で住所は教えることができないのです」
「そうですか....」
「でも...」
「はい?」
「その方はこの町には居ませんよ。転居されています。
本当はこれも守秘義務があるんですがね」

窓口の若い女性の言っていることは正しかった。
大体、今になって「会いたい」というのも虫がいい。
僕はそんな軽薄さを恥じらいながら役場を後にした。

家に帰ってきて、
中学の時に撮った写真を飽きずに見ていた。
そんな写真を見ていたら、
好きな事に夢中になっていればいいという、
昔の事を思い出した。
あの頃は、
ごはんも食べずに鉄道の写真を純粋な気持ちで撮っていた。
それに比べて今の俺は、大好きな鉄道に入りながらも、
仕事と趣味の違い、そして理想と現実に戸惑っている。
あの頃のピュアな気持ちはどこへ行ったんだ?

そんなネガティブな気持ちでいると、
お母さんが「電話よ」と呼びに来た。
電話は一緒に役場に行った友達からだった。

「あのさ、妹から電話あってさ」
「そんで」
「うちの妹、さっきの役場の子と同級生でさ」
「そんで」
「田崎さんの住所を教えてくれたよ」
「本当!?」
「その窓口の子さ、勤務時間が終わって、
たまたま田崎さんの引っ越し先を見たんだって、
そんで、クビ覚悟で住所を教えてきたんだよ」

友達は、田崎さんの住所をゆっくり教えてくれた。
転居先は県内だが、かなり離れたところだった。
僕はすぐに手紙を書いた。
何から書いて良いのか分からなかったので、
便箋を何枚もダメにした。
でも、なんとか文章らしくなった。

  ご無沙汰しております。
  昔、山都駅でお世話になりました小池です。
  覚えていますか?
  今でも、一緒に食べたラーメンの味が忘れられません。
  僕は、本当は田崎さんと山都駅でお仕事がしたかったです。
  実家に田崎さんの写真がたくさんあります。
  今度、焼き増しして送りますね。
  それと、
  今、僕は東京の私鉄で車掌をしています。
  会社は違うけど、おなじ職種です。
  僕は田崎さんに会いたいです。
  お元気で

僕は誤字脱字だらけの手紙を投函した。
返事が来て、田崎さんに会えるのなら、
休暇を使って会いに行こう。
僕はカレンダーを見て、
いつ休もうか検討した。

数日後、
仕事から帰ると、
僕に手紙が届いていた。
裏を見ると田崎と書いてある。
僕は部屋に入り、
丁寧にハサミを入れた。

  『初めまして、小池宏康様。
  ご丁寧にお手紙有難うございました。
  久男こと、私の主人が亡くなっているので、
  お手紙を開封しないでお返しした方が、
  いいものかどうか戸惑いましたが、
  開封させていただきました。

  主人が山都駅でお世話になっている時のように受けとめましたが、
  当時、うちの主人こそ貴方みたいな心の持ち主に大きな希望を持ち、
  優しい少年に出会えて、お勤めすることに大きな励みとなっていた事でしょう。
  あまり体の丈夫な人ではなかったので、
  あの頃から体調が優れず、持病で悩んでいました。

  山都駅を辞めてから腎臓病が発病し、
  昭和60年から透析を週三回受ける身となり、
  一年間、会津若松の病院に通院して居ましたが、
  色々な事情で白河に移り、
  娘達夫婦と一緒に生活することになりました。

  白河に来て8年目の1月31日、
  合併症の腸閉塞を起こして、亡くなってしまったので、
  今の世にしたはまだまだ早死の様に思えるのですが、
  68歳でした。

  元気で貴方のお手紙を受け取る事が出来たなら、
  どんなにか喜び目を輝かして返事を書いていたことでしょう。

  ごめんなさいね、代筆で。

  でも、この厳しい世相に、
  自分の意志で鉄道職場に就かれたこと、
  とても立派だと思います。

  健康に注意して、
  まだまだ若い洋々たる若人小池さん、
  大きな夢に向かって進んでください。
  頂いたお手紙も仏壇に供えましたので、
  「俺の後輩よかったな、頑張れよ」と言っているかも。

  色々な手をつくして住所を探していただいたけれど、
  主人が居ないからとは言わず、
  お手数かけますが、
  久男の写真を頂きたく存じますので、
  機会がありましたら送って下さい、
  お待ちしています。

  小池さんのお手紙で何だか知らないが、
  泣けて泣けてたまりませんんでした。

  手紙の末筆のくだりの、
  『お元気』での処を、何回も読み返してごめんなさいね。かしこ』


差出人をよく見てみると、
「田崎アイコ」と書いてあった。
その瞬間、声が出なくなって、
鼻から大きな息を吸った。
吸った息が目の後ろ側に届いたように感じた瞬間、
手元の写真が滲んで見えてきた。

田崎さんの制服姿、冬休み、雪、山都駅、ラーメン、
昔のいい思いでが頭をよぎった後、
今の自分の状況も入り交じり、
どうしようもない悲しみと自分の情けなさで、
胸がいっぱいになった。

その後、
僕は田崎さんの写真を奥様にお送りしました。
返信のお便りには、
「あまり、見る事がなかった仕事中の写真なのでとてもよかった」
と書いてありました。

しばらく年賀状のやり取りが続いたあと、
2003年、田崎さんの奥様と会う事ができました。
そして、ようやく天国の田崎さんに報告することができました。

「40人中40番でしたが、なんとか鉄道へ入りました。
そして、時々、立ち往生もしています。
僕は田崎さんのような立派な駅員ではないけど、
田崎さんが僕にしてくれたことができるような駅員になりたいです」

僕はお仏壇の前でそう誓いました。


おわり。



『発車オーライ!』第三章

『発車オーライ!』 (全四章)
第三章「夢に向かう各駅停車」


高校に入ると、
僕は髪型を藤井フミヤっぽくした。
高校で新しい友達ができて、
放課後は駅には寄らなくなってしまった。
おこづかいは鉄道模型の代わりに、
レコードになってしまった。

しばし、
鉄道から音楽へシフトした高校生活を送っていたが、
町の公報誌で山都駅が昭和60年(1985年)3月14日に、
無人駅になる事が書いてあった。
ちなみに、その翌月の4月1日には電々公社がNTTに、
専売公社がJTになり、日本の公社が相次いで民営化された。

山都駅の無人化は、町民の間でも話題になった。
「町の玄関である駅が無人化とは!」
「非行少年の溜まり場になる」
そんな意見もあったようだが、
結局、町役場が町の人を採用し、
その人たちが切符を売ることに決まったが、
駅に制服を着た人がいないのは、
結局、無人駅と一緒だと思っていた。

山都駅が無人駅になる前日、
僕は田崎さんと斉藤さんの仕事を見に行くと、
二人は淡々と事務室の後片付けをしていた。

「おい、これ持ってけ!」

古い時刻表が出てくる度にこんな台詞が出て来た。
たくさんのお土産をもらった僕は、
「そろそろ帰ります」と言って、
さよならを行って駅を辞した。

翌日、駅に行くと、
私服を着た近所のおばちゃんが窓口に座っていた。

「あの、ラッセル機関車の来る時間って分かります?」
「え?ラッセルって雪をかく機関車?」
「はい」
「あのね、私たちは切符を売ることと、トイレの掃除だけしかしないのよ。
そういう情報は関係ないのよ」
「そうですか」

僕はがっかりしたわけでもなく、
家に帰って、
借りてきたレコードを聴いていた。

その後、
僕は高校3年になり就職する時期になった。
早速、進路相談室で鉄道会社の採用を聞いてみた。
先生の話によれば、
国鉄は1986年4月からJRになり、
現状ではとても人が多すぎるので採用どころではない。
しかし、私鉄なら募集があると言う。
先生はそう説明した後、僕の成績を見た。

「あなたは40人中40番目ね。それじゃ受からないわよ」

僕は、そんな成績でもどうにかなるだろうと思って、
「ライオンズ」というプロ野球球団を持っている会社を受験した。
学校の定員枠2名で受験者は3名だった。
彼ら2名は野球部所属で成績優秀。
それに比べて僕は帰宅部。
それでもダメ元で試験を受け、
数日後に試験の結果が電報で来た。

「ゴキタイニソエズ、セイブ」

初めて社会というものから、
僕自身が評価された。
正直、ショックだったが、
後日、3次募集で群馬の中小企業に就職した。
とにかく、どこかへ行けば、
鉄道の仕事に就けるかもしれない。
そんな漠然とした気持ちで汽車に乗り、
ふるさとを後にした。



『発車オーライ!』第二章

『発車オーライ!』 (全四章)
第二章「ときめきのラッセル車」





田崎さんは窓口で切符を売っている。
山都駅には駅員は一人しかいないので、
厚紙のような硬券切符に、
その場で「パチン!」とハサミを入れる。

汽車時間になっても汽車は来なかった。
田崎さんは待合室に出て来て、
「あのー、汽車よぉ、雪で遅れているみだいだ。
今、電話で聞いてみっから」

待合室の人は
「新潟のほう、いっぺ(たくさん)雪降ったからな」

再び田崎さんが待合室にやってきて、
「あのな、汽車よぉ、今さっき隣の駅を出たみでだ」

医者通いの老人達は、別に驚くわけでもなく、
「そうがよ(そうなんだ)」
と言って病院の評判を続けた。

しばらくして、
駅事務室の列車接近ブザーが鳴った。
老人や学生はホームに出て、
汽車が来る方を黙って見ている。
僕もホームに出て汽車が来るのを待った。

遠くからディーゼル機関車の音と、
客車のジョイント音が聞こえてくると、
真っ赤なディーゼル機関車がやってきた。
機関車は線路の雪を押して来たので、
顔中が雪まみれになっていた。

汽車が着くと田崎さんが、
「一緒に荷物を取りに行こう」と言う。
この列車には荷物車と郵便車が連結されているので、
どこかの街の誰かから送られてきた荷物を取りに行くのだ。

荷物車に行くと、
鉄格子の入っている重圧な扉が開いている。
既に、
荷物車掌はホームに荷物を降ろしていた。
荷物車掌は僕の顔を見るなり
「おやおや、山都駅は見習いさん付きかね。
でも、荷物は一つしかないよ」

今日の荷物は小さな段ボール箱ひとつだけだ。
近年はトラック輸送の宅配便に、
随分押されていると聞いていたが、
ここまでひどい状況だとは思わなかった。
荷物車の中に目をやると、
布団袋とみかん箱が3箱だけだった。
それに対して荷物車掌は2名いる。
そんな状況に少しだけ心が傷んだが、
それでも僕は小さな段ボールを大事に抱えて、
事務室に戻った。

その後、雪は小康状態になり、
この時を見計らって除雪作業が始まった。
保線管理室の職員はトラックに乗って出かけた。
駅には、町在住の国鉄OBが数名やってきて、
スコップだけの人海戦術で雪を片付ける。
13時から15時近くまで汽車はやってこないので、
この2時間が勝負なのだ。

ホームに積もった雪を片付け、
凍てついた氷はツルハシで砕き、
塩化ナトリウムを捲いて凍結を防ぐ。
そんな地道な作業を黙々もくもく。

作業が一段落すると、
作業員が事務室のストーブの周りにやってきて、
お茶を飲んで一服する。

「むかしな、たしか昭和38年にサンパチ豪雪ってあってな、
そん時なんか、この駅の線路は全部埋まってしまってな...」

僕はこの手の話が好きだ。
雪は鉄道にとって最大の敵だけど、
作業員もどこか楽しそうに話している。

作業員が帰ってしまうと、
山都駅に静寂が訪れる。
どんよりとしたグレーの空は、
いつしか真っ黒になり、
百葉箱の気温計はどんどん下がってゆく。

「雪が降らない分、冷えるな」

田崎さんは石油ストーブの火力を強くした。

そして何気なく、
「今日、ラッセル機関車来るみたいだぞ」
「本当ですか?でも、雪は止みましたよね」
「雪が止んでも、明日降れば汽車が止まっちまうよ。
ラッセル機関車が来るのは20時頃だな」
「20時か.....」
「それなら駅に泊まればいいべ」
「僕が駅に泊まってもいいんですか?」
「あー、いいよ。お母さんに電話しな」
「分かりました」

僕は母に電話した。
「高校には行かないで、そこに就職すれば」
母は電話を切った。

田崎さんは18時の汽車が行った後、勤務が終了する。
制服を脱ぎ、顔を洗い、布団を敷き、
どんぶりに白いごはんを盛って、
ストーブの上で温めたみそ汁をかけた。
おかずはお新香だ。

「さ、食べろ!」
「一日、お疲れさまでした」
「んだ、駅の仕事も大変だべ?」
「はい」
「お前さんが高校を出たら国鉄に就職しろ」
「でも、40人中でビッケですよ」
「そんじゃ、ムリだなぁ。
だけど、その前にここも無人駅になる話もあるんだよ」
「まさか、いくらなんでも無人ってことはないでしょう」
「無人どころか、国鉄も赤字で無くなってしまうかも」

田崎さんは茶碗を洗って、
「俺、先に寝るからな」
と、立て付けの悪い畳部屋の戸を開けて、
寝床に入った。

僕は事務室でぼんやり過ごしていた。
時計のカチカチ音、
石油ストーブの一定した送風音、
線路が冷えて「ゴトッ」という音が、
聞こえてくる。

僕ホームに出てみた。
ピーンと張りつめた空気、
凍てついた線路を、
ホームの照明が照らしている。
もう、田崎さんは眠ってしまった。
そう思うと、
僕はここの駅長になった気分になってきて、
鏡になった窓ガラスに敬礼をした。

誰かが今の僕を見たら、
きっと変なやつと思うだろう。
そんな冷静な自分もいたが、
ずっと、
ガラスの中にいる自分に敬礼をして満足していた。

時計を見ると、
だんだんラッセルがやってくる。
三脚にカメラをセッティングしてホームで待つ。
ストロボは使わないで夜景のムードで撮影しよう。
最近、覚えたてのスローシャッターに挑戦するのだ。

「ん?」
遠くの山々からエンジンの唸る音が一瞬だけ聞こえた。
その重低音は僕をじらすように、
聞こえたり、聞こえなくなったりする。
その後、一定の重低音が聞こえてきた。
通常の列車のように編成は長くなく、
たった一両のラッセル機関車だけなので、
とても特徴のある音だ。

僕は、線路か夜空か判別できないところを凝視していた。
すると、
暗闇を切り刻むような強烈な光が見えた。
その光は複数のライトを点灯しているので、
今まで見た事もない輝きだった。
でも、
強烈な光は止まっているようにも見える。
恐らく超低速で走っているのだろう。

「ピッーーーー」

甲高い汽笛が鳴る。
ラッセル機関車は、
時速20キロくらいのスピードでやって来た。

薄暗い運転室には数人の職員が乗っている。
機関士は制帽を被っているが、
機関士以外の職員は、
全員ヘルメットを被っている。

ラッセル機関車の前面には、
あまり雪が付いていなかった。
昼間に線路の雪を片付けたので、
あまり仕事はしてこなかったようにも見える。

僕はレリーズを持っていないので、
息を殺してシャッターを押す。
フィルムも少ないので節約しなければならないが、
数ショットを撮影した。

ラッセル機関車は、
山都駅で十数分の停車時間があるので、
職員は駅前の自動販売機でコーヒーを買って、
一服している。

そうちの1人がヘルメットを脱いで、
僕に話しかけて来た。

「写真撮りか?」
「はい」
「何でラッセルが来るのを知ってるん?」

ラッセル機関車は新潟から来ているので職員は新潟弁を使う。
僕は「田崎さんから聞いた」というのをグッとこらえて、

「雪がたくさん降ったから、来ると思って...」
「そうか、新潟のほうは雪がひどいぞ。
特に北陸のほうはダメら、会津は少ないな」
「雪で鉄道が麻痺しているのはNHKのニュースで見ました」
「でも、お前はモノ好きな。
普通は華のある特急とか人気あるんらろ?」
「いえ、僕は貨物とかラッセルとか地道に働く機関車が好きなんです」
「ほー、それは良かったい。今度は未明の2時に帰ってくるろ。写真撮るか?」
「さすがにムリです」
「じゃ、気を付けて帰れ」

ラッセル機関車は、甲高い汽笛を鳴らして出発した。
僕は真っ赤なテールランプをずっと見ていた。

僕は事務室に戻りストーブを消した。
そして、
田崎さんを起こさないように、
立て付けの悪い引き戸を開け、
布団にもぐった。

駅の初泊まりはとても興奮して、なかなか眠れなかった。
天井の木目が人の顔に見えたので、僕は布団の中にもぐった。
駅の布団は家の布団と違って、
大人の匂いがした。

翌朝、
田崎さんはどんぶりに白いごはんを山盛りにし、
ストーブの上でサッポロ一番を煮ていた。
おかずはシーチキンの缶詰にお新香の豪華版。
家では朝ご飯などロクに食べないくせに、
駅のごはんは一瞬のうちに平らげてしまった。

「ラッセル見たか?」
「はい、初めて見ました」
「それは良がった。あぁ、なんだべ、今日も雪だな」
「はい」

内心、雪で嬉しかったが、
家に帰っていない田崎さんの前では、
喜ぶわけにもいかなかった。

そんな山都駅に入り浸りの後、
汽車で通える隣町の高校を受験し、
僕はかろうじてその高校に合格し、
汽車で通える高校に行けて良かったなと、
担任の先生に褒められた。



『発車オーライ!』第一章

『発車オーライ!』 (全四章)
第一章「駅にて」


小池さんの思い出のレールの中で走る、ときめきの汽車は、
これから四つの駅に停まります。
いつしか我々は、北国の小さな汽車の乗客となって、
窓の外の雪景色を眺めることになるでしょう。
さぁ、発車オーライです。


第一章「駅にて」


2006年12月11日、
福島の新白河へ行ってきました。
新白河は今回で2度目です。
車窓から白くなりかけた那須連峰が見えて来た頃、
各駅停車の新幹線は新白河に到着しました。

暖かい車内からホームに降り立つと、
高原から吹いてくる風が肌を刺してきます。
白河と言っても、ここはみちのくの関所、
もう、冬の真っ只中です。

この街には、23年前、
僕のふるさとの山都駅でお世話になった、
田崎さんという駅員さんの家族が住んでいます。

23年前、僕は中学3年生でした。
高校受験の大事な時期だというのに、
僕は学校が終わると、
まるで部活動のように山都駅へ通っていました。

山都駅には田崎さんと斉藤さんという、
国鉄を定年になった駅員さん二人が、
交代で勤務していました。

どちらの駅員さんも僕が駅に遊びに行くと、
改札の向こう側にある事務室へ、僕を入れてくれました。
いつも二人は鉄道の昔話を聞かせてくれたり、
臨時列車の時間を教えてくれました。
また、
僕も学校の出来事を二人に話したりしました。

当時、僕の家は、
ばあちゃんとお母さんの3人暮らしで、
どちらも僕のために働いていたので、
僕の話を誰かに聞いて欲しかったのかも知れません。
でも、
それ以外にも理由があったのです。
僕はあまり学校が好きではなく、
成績は下から一番、
野球部は万年補欠、
当然、女の子にもモテず、
そんな感じの中学生でした。

唯一、僕の存在を認めてくれたのは、
山都駅とそこにいる駅員さんたちだったのかも知れません。

そんな山都駅の思い出はたくさんありますが、
とても心に残ってる事があります。
それは、
ある冬休みの一日でした。

僕は朝4時に起きました。
窓を開けると、昨夜からの大雪で、
町中が真っ白な世界になっていました。
ぼた雪がぼっさぼっさと降ってるので、
道にはタイヤや人の足跡もついていませんでした。

僕はすぐに着替えて、
使い捨てカイロを背中に入れ、
お母さんに買ってもらったカメラを、
レンズ部分だけをカッターで丸く切ったビニール袋に入れて、
息を殺して、忍び足で階段を降ります。
でも、古い家なので、
ぎしぎしと階段がきしみます。

別に怒られることはないのですが、
ばあちゃんとお母さんを起こさないためにです。
でも、僕の気配に気づいた猫が、
朝ごはんの時間と勘違いして、
野太い声でニャーと鳴きました。

「こら、静かにしろ!」

猫は玄関までついてきましたが、
ごはんもくれそうにもないし、
雪が玄関の中に舞ってきたので、
すぐに階段を上がっていきました。

僕は長靴を履いて外に出ました。
まず、雪に顔を突っ込んで手で擦って顔を洗い、
雪を口の中に入れて人差し指で歯を磨きます。

かなり冷たいですが、
これが完全に目が覚める方法です。
洗顔と歯磨きを終えると、
長靴で雪をこいで駅に出発します。

駅への道は、
誰も歩いてない道の真ん中を歩いて行きます。
時々、後ろを振り返って、
自分の足跡を見てみると、
僕の足跡がついているのですが、
数十メートル後ろは、
ぼっさぼっさと降る雪で消えていました。

山都駅の駅員さんの始業時間は朝6時からです。
ですから、この時間に行っても、
駅は無人なので電気は点いていません。
でも、駅に近づいてみると、
雪に駅の灯りが反射しており、
駅前には白いカローラが雪に埋もれていました。

この白いカローラは田崎さんの車です。
田崎さんは、
昨夜は家に帰らずに、
駅に泊まったわけです。

待合室に入ると、
田崎さんはストーブに火を入れていました。

「お、早いなっ!」
「はい。車があるんで.....」
「昨日、雪がひどいから泊まったんだよ」
「車が動かないのですか」
「いや、道がついていない(雪を片付けていないので通れない)からダメだ」
「雪、ひどいですもんね」
「お茶でも飲むか?」

僕は長靴の雪をはらって事務所に入った。
田崎さんは、
ストーブの上に乗っかっている、
大きなやかんから急須にお湯を入れ、
お茶とせんべいを出してくれた。

窓側にある、映りの悪い白黒テレビは、
NHKの天気予報を映し出しており、
実直そうなアナウンサーが、
「日本海側は低気圧の影響で大雪となる見込みです。
海上は時化た状態ですので船舶はご注意下さい。
今後も大雪情報にご注意ください」
と、緊張した声で伝えている。

「田崎さん、ラッセル雪機関車は走るかな?」
「分かんないな。でも、この調子で降り続けたら走っかもな」

僕は不謹慎ながら、
未だに見た事が無い、ラッセル機関車が走る事を期待した。

お茶を飲み終えると、
田崎さんはホームの雪掻きを始めた。
あまりにも雪が積もっているので僕も手伝った。
スコップで雪掻きをしていると、
僕も山都駅の一員のように感じられて嬉しかった。
寒いような、熱いような、
今まで感じたことがない胸の高鳴りを感じた。

「気をつけろよ、汽車来んぞ!」

田崎さんの声が飛ぶ。
汽車のライトが白い雪をオレンジ色に変える。
朝一番の貨物列車が通過してゆく。

「ピッーー!」

ディーゼル機関車の、短く乾いた汽笛が響くが、
一瞬のうちに汽笛は雪に吸収されてしまう。

そして、
僕らに気づいたであろう、
暗闇の運転室にいる機関士が、
白い手袋を僕らに振った。

「おはよう!今朝は雪がひどいね。
朝早くから雪掻きお疲れさま。
僕も夜中じゅう、一人で貨物列車を引っ張ってきたよ。
もうすぐ夜明けになるから、もう少し頑張ろう!」

そんな事は言っていないが、
白い手袋がそう話しているように思えた。

田崎さんはいつものように機関士に敬礼をしていた。
僕も敬礼をしようとしたが、
田崎さんと目が合ったので、
敬礼するはずの右手で頭を掻いた。

僕らは、貨物列車の赤いテールランプが見えなくなるまで、
ずっとホームに立っていた。

ようやく、辺りが明るくなる頃、
僕は朝食の時間になったことと、
濡れた軍手と靴下を交換するために、
家に戻った。

「また、駅行ってたの?あんた高校落ちるよ」
「大丈夫だよ、駅に教科書を持って行ってるから」
これが毎日の母との会話。

僕は朝ごはんを速攻で食べ、
お昼のおにぎり3個を握ってもらい、
軍手と靴下を交換し、
教科書の代わりに時刻表を持って、
装いを新たに駅に向かった。

駅は早朝に比べ活気があった。
バスが2台とタクシーが3台が停まっていて、
待合室では病院通いのばあちゃん達が、
先生の評判を口にしている。
バスとタクシー運転士はオロナミンCを飲みながら、
「いやー、雪ひでーなぁ」
「あの道はブルドーザーが来なくて酷い道だった」
と、大きな声で話している。
どうやら山奥のほうはかなり雪が積もっているらしい。

バスの隣に郵便局の真っ赤な車が停まった。
汽車の郵便車から郵袋を取りに来たのだ。
郵便の次は新聞屋さんも来て、
駅前広場は活気づき、
その駅前のヒマラヤ杉の下では、
おじいさんがキセルを吹かして汽車を待っている。

一方、
待合室の売店は大繁盛していた。
近所のおばちゃんが世間話をしながら、
ポン・ジュースを飲んでいる。
部活動に行く高校生は、
少年ジャンプを食い入るように見ている。
コスモのシャコタン車で、
隣街の工場へ通っている社会人は、
前面のカウルで雪を掻いてきたらしく、
カウルを心配そうに見て、
雪をどけていたが、
スポーツ新聞、あんぱん、牛乳を買って待合室で食べている。

駅はみんなの社交場で、
売店は汽車に乗る人、乗らない人を問わず、
大事な町の商店なのだ。



『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

『各駅停車と少年・辻本 』 (全二回)
〜後篇〜


午後3時すぎ。
交代の駅に電車が着き、
ドアを開けると僕の一日の仕事が終わる。
交代の車掌が、
「この、中学生知り合い?ずっと小池のこと待っているみたいだよ」
「おー、辻本!」
「今日は学校が早く終わったので、ここで待っていました」
「塾は?」
「今日は休みです」

急いで着替えてホームに向かった。
改札口では辻本が待っている。

「今日、中目黒に遊びに行ってもいいですか?」
「いいけど、電車賃あるのか?」
「ないです」
「じゃ、定期使えるとこまで電車で行って、そこから歩くぞ」
「それもいいですね」
「お金ないんだから、そうするしかないでしょ」

下北沢で降りた。
今時、古着を着てギターを担いでいる若者がいるのが下北沢っぽい。

「ね、下北沢好きですか?」
「あんまり降りる街じゃないな」
「ライバルの小田急が走っているから?」
「そう来たか」

ここから中目黒まで歩く。
軽く1時間はかかるだろう。
茶沢通りから淡島通りにぶつかった辺りで休みたくなってきた。

「な、コーラ飲まない?」
「え?コーラの代金120円を出すのなら切符代出して下さいよ」
「それとこれとは別なのだ。大体、僕は辻本の父親でもなく他人だぞ。
なんで辻本の電車賃を出さなきゃならないのさ」
「そりゃ、そうですね」
「じゃ、ここで休憩」
「休憩はいいですけど、ここでタバコは吸わないでくださいよ」
「俺は社会人だからここで吸ってもいいのだ」
「じゃなくて、この通りは学校の先生の帰り道なんです」
「わかった、わかった」


中目黒のアパートに着くと、
すっかり暗くなっていた。
辻本は僕の狭いアパートに入るなり、
「女っ気、無いですね」と笑った。
「シンプルな部屋と言え!」
「早く結婚してもらわないと困るんです」
「何でだ?」
「少子高齢化で日本がダメになります」
「少子高齢化と辻本のどこが関係あるのだ?」
「はい、少子高齢化が進むと、通学する鉄道利用者は減って、
鉄道会社への就職が狭き門になります」
「お前は鉄道会社に行かないで、お役人にでもなれ」
「それより、押し入れには何が入っていますか?」
「服と鉄道模型だ」
「鉄道模型をやりましょう」
「勝手にやっていいよ」

辻本は鉄道模型のレールを繋げて、
僕の白手袋をはめて模型を走らせている。
その間、僕は風呂に入るが、
半身浴をしている間に寝てしまった。

「あのー」
「むにゃむにゃ」
「死んでいるのかと思いましたよ」
「おい、今、何時だ?」
「7時です」
「他人様の家の電気が点いたら、家に帰るんだぞ」
「お邪魔した時から、とっくに電気は点いていましたよ」
「あのな、ここは日当たり悪いの。分かる?」
「じゃ、模型片付けます」
「いいよ、それは去年のボーナスで買ったドイツ製の模型だ。
壊されたらたまらんから俺がやっておく」
「じゃ、明日の7時20分に乗ります」
「たまには寝坊してもいいだんぞ」

僕は疲れ果てて寝てしまった。


翌日、7時18分。
何が入っているのか分からないが、
パンパンに膨れ上がったカバンを背負って、
辻本がホームで待っていた。
つかつかと僕のところにやってきて、
「昨日はお世話になりました」
「こちらこそ。もう発車だぞ」

車内に乗った辻本は生徒手帳を出してこう書いた。

「今日は何時に終わりますか?」
「3時すぎだ」
「心配しないでください。今日は塾です」

辻本は手帳をしまい、
漢字の教科書を出して、
こんな漢字を指差してこちらを見ている。

「嬢」

辻本は僕の表情を見てニヤりとしている。
「中学生と鉄道模型で遊んでいないで、
女性と付き合いなさい」という意味なのか?

辻本はその後、
すれ違う電車を見るために後ろを向いている。
僕も次の駅のアナウンスをすると、
車内に背を向け、過ぎてゆく風景をずっと見ていた。(完)



『各駅停車と少年・辻本〜前篇〜』

『各駅停車と少年・辻本』(全二回)
〜前篇〜


この2年間、
僕は毎日同じ電車に乗務しています。
電車が駅に着くと、
いつもの顔がいつもの表情で、
新聞や携帯電話を片手に電車を待っています。

ドアが開くと、
お客さんは足早にいつもの指定席に座り、
新聞を畳んで読み始めますが、
いつもの指定席に座れなかった人は、
席が埋まった電車を降りて並び直します。

車内の様子を見てみると、
会計士のテキストを勉強する若手サラリーマン、
経済新聞持参なのに携帯に夢中な就活中の女子大生、
友達とジャレあう小学生、ゲームで対戦中の中高生、
昨日の酒が完全に抜けていない団塊サラリーマン、
髪を切ったOLなど、
いつもの顔がいくつもの表情で車内にいます。

そんな車内の日常風景をぼんやり見ていたら、
通学の子供達と目が合ってしまいました。
朝の通勤電車でこちらを見ていると言えば、
まだ心に余裕がある子供達ぐらいです。

中学2年生の辻本は途中駅から乗ってきます。
車内では僕の目の前に立ち、
生徒手帳の余白に鉄道の質問を書いて、
ガラス越しに筆談を求めてきます。

「○○系電車はいつ廃車ですか?」
「今、仕事中なんで、後で」
「今日は何時に終わりますか?」
「3時頃」

「後で」と、迷惑がっているそぶりを見せながらも
他のお客さんに見つからないように筆談するのは、
ちょっとした悪戯をしているみたいで、なんだかドキドキします。
そういえば昔、授業中に友達と筆談した事もありました。
辻本は筆談が終わると後方を凝視し、
すれ違う電車の番号を確認していました。


高校3年生の吉田は中学校時代からの顔なじみで、
地元の学校でいじめにあって登校拒否になり、
その後、私立に編入し、電車に乗ってくるようになりました。
彼も大の鉄道ファンですが、
電車の話は少しだけで、
父親とうまくいかない事や学校で起きたいじめの話をしていました。

「好きな電車に乗れるんだから学校は行かなくちゃね」
「今の学校はいじめがないんです」
「へぇ、なんで?」
「いじめられたやつしかいないので」

そんな吉田もいつの間にか高校3年になり、
就職試験を受けたそうです。

「JRと京王を受けたけどダメでした」
「そうかぁ」
「なので、就職せずに専門学校へ行きます。
そのために新宿のファミレスでバイトを始めるんです」
「偉いな。今までお母さんに小遣い貰っていたもんな。
ま、専門学校を卒業してからでも鉄道会社は受験できるしね」
「はい、次は受かるようにがんばります」
「じゃ、今度、ファミレスに顔出すよ」
「待ってます」
吉田は人混みの中へ消えていった。


僕と目が合うのは乗客だけではなかった。
ある駅前の小さな自転車屋の前では、
女の人が犬を抱いて誰かに向かって手を振っている。

よくよく見てみると、
その女の人は犬の散歩を兼ねて、
会社に行くご主人を見送っていたのだ。

まず、ご主人が電車に乗り込む直前に犬を抱きかかえ、
犬の腕を掴み一度目のバイバイをする。
ドアが閉まり電車が動きだすと、
二度目のバイバイをする。

腕を掴まれた犬は全く関係ない方向を見ているが、
尻尾は勢いよく振っているから嬉しそうだ。

そのうち奥さんはこちらにも手を振るようになり、
僕も手を振り返すようになった。

ある日の午後、
乗務員室の前でこちらを覗いている人がいた。

「7時42分の車掌さんですよね?」
「え?」
「毎朝、犬を抱いてバイバイしている者です」
「あっ、コーギーの....」
「でも、何でこんな時間に乗っているの?」
「え、ちょっと体を壊してしまって」
「あ、そうなの..お大事にね...。
でも、最近、あなたは7時42分に乗っていないわね?」
「はい、時間が変わって7時30分になったんです」
「そうなの..」
「ところで犬の名前は何ていうのですか?」
「ロンよ」

その後、奥さんとロンは7時30分に現れるようになった。
つまり、ご主人も7時30分の電車に乗ることになったのだ。
家族でどのような会話があってそうなったのだろうか。


昼食を食べて午後の乗務。
小学生達が学校から帰ってくる。
自由奔放な教育をする学校の子供達が乗ってきて、
さんざん車内をかけずり回った後、
こちらにやってくる。

「おっ、小池さん」
「宿題出た?」
「出ないよ」
「他の人の迷惑になるから静かにしろよ。
あと、網棚には登るな」
「わかったよー」

子供達は前の車両に走って行ってしまった。
すると、僕らの一部始終を見ていた、
別の学校へ通っている子供達がこちらへやってきた。

「車掌さんとしゃべってもいいの?」
「いいんだよ。今日は宿題出た?」
「宿題?塾が始まる前にやっちゃうよ」
「ふーん、そんでいつ遊ぶの?」
「塾が終わってからコンビニの前で遊ぶよ」
「それって何時頃?」
「夜10頃だよ」
「僕は夢の中だよ」
「大人なのに寝るの早いよ」

夜の10時にならないとこの子たちの各駅停車は発車しないのか、、、、
僕は少し重い気持ちで車窓を眺めた。(続)



『おもいでの各駅停車。』 著者紹介


こいけさん。福島県出身中目黒在住。某私鉄の車掌さん。
幼少期より鉄道と時刻表が好きで、小学校高学年頃にはどっかの鉄道会社の、できればJRの車掌になることを夢見て、高校卒業と同時に鉄道会社に就職。現在は車掌として電車のスムーズな運行と乗客の安全に努める。



『片道切符の旅立ち』


1987年春。
高校を卒業して故郷を離れる時、磐越西線山都駅で切符を買った。
窓口で僕の良く知っている初老の駅員さんが、
「宏康、片道切符でいいね?もう、往復切符を買ってはだめだよ」
と言って、硬い紙の切符にハサミを入れて僕に渡してくれた。

僕は最初は何を言っているんだと思ったけど、
汽車に乗って、 雪が残る肌寒そうな車窓をぼんやり眺めていたら、
駅員さんが言った意味がなんとなくだけど分かってきて、
というか電車に揺られている間にきっと分る気がして、
握っていた切符を無くさないように財布の中にしまった。

僕の持っている片道切符は、
引き返すことはできないけど、
旅の途中で美しい風景に出会ったら、
その駅で降りてもいい。
もし、その街が気に入ったら、
そこで生活をしてもいい。

汽車に乗る人、降りる人。
みんなそれぞれの片道キップの旅をしている。
僕はそう思う自分の考えにちょっとだけ酔いしれた。

途中駅から乗ってきた旅人が、
「あなたの隣に座ってもいいですか?」と尋ねてきた。
その人と一緒に旅をしてもいいなと思えば、
「どうぞ」と言って一緒に旅を続けよう。

汽車は、
朝も、昼も、夜も、
芽吹きの春も、
暑い夏の日も、
木の葉に色づく秋の日も、
粉雪ちらつく冬の日も走り続ける。

汽車は、いつも平らな線路を走るとは限らない。
線路は山も海も川も越えてゆくのだ。
上り坂はもう一台の機関車と力を合わせ、
下り坂はスピードが出ないようにブレーキをかけて、
急カーブは脱線しないように速度を落として走るのだ。

鉄橋やトンネルを走る時もある。
その鉄橋がどんなに長く感じても、
渡り終えない鉄橋はないし、
そのトンネルが長く感じても、
出口のないトンネルはない。
目の前に行き先が別れるポイントがあったら、
その先が未知なる線路でも、
行きたい方向へ進路をとればいい。

もし、
行き止まりの終着駅に着いたとしても、
慌てることなんてない。
終着駅は始発駅だ。
窓口で片道切符を買って、
新たな旅を続ければいいのだ。

手にした片道切符に励まされるように、
18歳の僕は西へと向かった。





2007/08/31

『僕の見習い車掌日記』 〜師匠の教えの巻〜

2007/08/27

『僕の見習い車掌日記』 〜乗務区研修の巻〜

2007/08/22

『僕の見習い車掌日記』 〜車掌研修の巻〜

2007/06/01

『僕がなりたかった駅員への道』後篇

2007/05/25

『僕がなりたかった駅員への道』中篇

2007/05/18

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2007/03/15

『何故かパン屋の伊藤さん』

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『秋祭りと五十嵐さん』

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『青春十七歳・初恋列車』最終章

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『青春十七歳・初恋列車』第五章

2007/02/13

『青春十七歳・初恋列車』第四章

2007/02/09

『青春十七歳・初恋列車』第三章

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『青春十七歳・初恋列車』第一章

2007/01/23

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『各駅停車と少年・辻本〜後篇〜』

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2006/11/30

『片道切符の旅立ち』
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