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「どうしたの?めずらしいやん、こんなに残して」
うつむき加減に茶わんを置く僕に心配顔のお袋。
「好きな子でもできたんやろ。あっはっは」
鈍感そうで鋭いオヤジの一言が僕の脳天を貫いた。
「しょーもないことゆーな!」
心中をズバッと言い当てられた恥ずかしさとちょっとした怒りが混ざった瞬間、僕は家を飛び出した。全速力で走る僕の行方を見守るようにいつまでも飼い犬のケンタが吠え続けている。
ワンワンワンッ。あの鳴き声、人間語にするとどんな意味なんだろ?“いってらっしゃい”、ちがうな“どこ行くの?”、余計なお世話だ。“ガンバれよ!”、おう、わかってんじゃん。でも、なんで知ってんの、おまえ?
僕が走り出した方向は、恋しくてしかたない丘の上にあるあの娘ん家。むしゃくしゃした気持ちを静まらせようと思っても、逆に興奮してピッチもストライドもボリュームアップ!心拍数190、もうあかん。死にそう。部活で入らなかった気合いを補い、パンパンに膨らんだ太ももは勇気の印。「言うぞっ。言ってやる。言わないと」。その先には「言えるかな?」とか「言ってもいいかな?」とか続きそうだったけど、どんどん情けなくなってく自分を抑えて、僕はあの娘の家の前に立った。
ケータイもポケベルも留守電もない時代、中学生が告白するには直接会って話すのがいちばん。だけど学校じゃみんながいるから恥ずかしい。だから、ケンタに見送られてここに来た。
心を決めてあの娘ん家の前に立った瞬間、二階の電柱の前の部屋の灯りがパッ。俺、ドキッ。窓越しにあの娘がふわっ。そして薄緑色のカーテンの奥へあの娘は消えた。サーッ、カーテンの波が届けてくれたミントの匂いは、この世で僕だけにしか感じられない気持ちの証だった。
恋する気持ちは薄緑色。恋するあの娘はミントの香り。深く息を吸い込むほどに、その思いは胸をしめつけ、僕は壊れそうになった。
その先に踏み込めなかったあの日から何日か過ぎ、今度こそ覚悟を決めて彼女ん家の門の前に立ったとき、C組のあいつがあの娘とあの娘のお母さんに見送られて玄関から出て来た。僕の心のカーテンは引き裂かれ、薄緑色の血液がミントの香りを漂わせながら僕の恋心にピリオドを打った。
一世一代の芝居で通りがかりを装った僕は、その思いを胸にしまい込み、C組のあいつに全力をふりしぼって「よおっ!」と声をかけたけど、やつに背中を向けたとたん、ものすごい勢いで涙がでた。
薄緑色のカーテンにこてんぱんにやられた僕を慰めてくれたのは、ワンワンと元気に迎えてくれるケンタの鳴き声だけだった。
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