『the head・団長への道』〜一回生の章〜 弐

〜一回生の章〜 弐

 いよいよ初登校の日。どんな先輩や生活が待っているのかという期待と、バスと地下鉄の乗り継ぎがうまくいくかという結構情けない不安が入り混じった俺は、親父に肩を叩かれて玄関を出た。
「気張ってこいや!」そんな激励に、ボクサーでもないのに拳を見せ「ほな、行ってきまっさ!」と返す。普通の家庭なら「がんばれよ」→「はい」だろうが我が家は元来ピントがずれている。
 これは入学までの過程でも表れていた。少し余談にはなるが史実なので書いておこう。

 この頃の中京高校といえば「低学歴、極運動、高血圧」で名高く、言わば運動能力(だけ)が優れ血の気の多いバカ集団。ま、学ランを着た自○隊ってとこか。
 そんな所でありながら月謝の高い私学だから敬遠されがちな学校だった。
 しかし我が親父曰く「中京と言えば昔からの名門やしその名は全国に響いとる。OBもようけ(沢山)おるから就職も有利や、わしの郷里(福井)のもんが聞いたらビビりよるわ」と、俺の入学を大いに喜んだ。
 確かに親父の言葉正しかったが、それを実感したのは社会に出てさまざまな業界にOBが多いと知ってからだったのだが…。

 さて本題だ。家から5分のバス停からバスに乗り10分程で地下鉄の駅へ。人生初のラッシュアワーに多少面食らったが、同年代の女子高生やOLを見ると鼻の下が引きずられるくらいに伸びた。シャンプーや香水の甘い匂いが満員電車を苦にさせない(通学って素晴らしいじゃねえか!ハッピータイムじゃん!)。
 多少のオヤジ臭や生意気な奴なんて気になんないとニヤケている俺に何処からともなく鈍くて渇いたイヤーな音が……
「バッスン、バッスン」(何の音や?)満員電車で音の出何処は解らないが、どうやら座っている奴が何かを殴っているには違いない。
 電車が各鉄道(国鉄、名鉄)の乗り継ぎ駅である金山に着いて乗降客が入れ替わる時、その姿が俺の目の前に現れた。
「なな何〜!?」俺は目を疑うと共にその男の風貌、行動、そしてなによりオーラにフリーズしてしまった、、、。その男は俺を見てニヤッと笑ってる。(なんじゃこいつ?これが高校生か?してなんで学生カバンじゃなくてキャッチャーミットなんや?)
 そう、音の出何処はこのキャッチャーミットだったのだ!
 その男、いや高校生は電車内で右手拳でミットを叩いていたのだ。そしてよく見るとボタンに<中京高>襟章は3年を示すグリーンのピンバッチ、同じ学校の先輩であった。周りには付き人のような後輩がピタリとつき圧倒的威圧感を放っていた。

 電車が乗り換え駅に到着し、俺はトコロテンのように車外に放り出された。そしてキャッチャーミットを持った先輩が外へお出ましになると、駅構内の長い廊下を超がに股で威風堂々の大闊歩。その後ろにはSPのように張り付くいかにも時代劇の番頭のような後輩がニヤけながらピタリ。その2人を見て、まるで決まり事のように挨拶する無数の学生達。
 まるでヤ○ザの親分登場場面だ。
 そして俺はこの日のうちにこの男の正体を知ることになる。

 乗り換えた電車はさっき乗った路線の乗客とは異なり、さながら学生列車である。沿線にある女子校、共学校、男子校の生徒が入り混じり120パーセントの乗客率。立っているのがやっとこさで座る事なんて皆無であった。
 俺達が降りる駅までに2校分の生徒達が降りていき、車内が多少空いてきて俺の目に入った光景は、母校と思われる先輩達が(これでもか!)と足を広げ座席に座っていた姿だった。詰めれば10人は裕に座れる座席にたったの5人。
 皆、「あったりまえやろ」という感じで腕組みをしてバチバチ睨みを利かせている。もちろん俺達1年は目を合わせることもできず、当然他校の生徒達は地面に10円玉でも落ちていないかという感じで下を向いたままである。
 電車は学校の最寄駅に到着し、何百という不良が一斉に降りる。
 ドカン、ドカンとぶつかってくる先輩達にいきなり睨んでくる先輩。“ここ本当に高校か?”と思うほどめちゃくちゃな通学風景。これから毎日コレかよ。えらいこっちゃ、と途方に暮れた。

 教室に入り程なく校庭で行われる全体朝礼へ。するとそこには見たことの無い男の軍団がゴキブリの巣のような真っ黒い絨毯を敷き詰めていた。
 全校生徒1700人の朝礼、まるで黒服を着た北の国の軍時大行進である。
 そんな中、朝電車で一緒だったキャッチャーミットの御仁を発見!クラスメイトの野球部員に聞くと、さもそいつが偉いかのような口調で「あの人は野球部の正捕手であり、中京の番長や」と言った。
「なんやて〜、この学校の番長〜っ!!!」
 俺はそんな方と同じ電車で通学するのかと思うと急に胃が痛くなった。
 応援団入部まであと5日、団長まで1年半を切った登校初日だった。




<続>



『the head・団長への道』〜一回生の章〜 壱

〜一回生の章〜 壱


 昭和56年春。俺は名門中京高校(現・中京大中京)の門をくぐり、中部圏一猛者集団の一員になった。

 約半年前、入学願書を提出しに来た時は校舎のあちこちからコーラの瓶や空き缶、ごみが投げつけられ罵声を浴びた。ガラの悪さと恐怖と不安を感じたが今やその学校の生徒である。当時在校生1700名、教員100名とその全てが男。女の人と言えば事務職に2人(おばはん)と保健室に1人(阿修羅男爵みたいな女)がいるだけの男の館。学校の座右の銘的ものは「学業とスポーツの殿堂たれ・真剣味」と謳っていたが、どちらかというと、というより、思いっきりスポーツ学校で悪の巣であった。

 入学式当日。駅から学校まで延びる長い坂道は無数の学ランで溢れていた。まだ中学を卒業して間もない同期の輩達だが、おっさんみたいな顔の奴やすでに体型が部長クラスの奴、まだ小学生か?と思うような童顔な奴と様々な顔が学校を目指し歩いている。

 そんな中に「おい、ニシオ。おまえもここか?」と声を掛けて来た奴がいた。後の名二塁手<安チビ>ことアンドウであった。こいつとは小学校の頃から幾度となく野球の試合で顔を合わせた奴で、何故か気が合った。「おうアンドウ、おまえもか。特待か?」「いいや一般や。おまえ野球やるんか?」「俺は中学で終わりや。のんびり遊ぶわ」

 会話が終わる頃には正門の前に着いていた。校舎前のロータリーに居並ぶ教師達。新入生を迎え拍手はしているものの、そのどの顔にも笑顔は無かった。逆に苦虫を潰したような、仁王のような顔で俺たちに睨みを利かせている。“なんじゃこいつら、目出度い日やっちゅうのに”

 俺たちは流れ作業のように体育館前へと引率され、並べられたテーブルの名簿から自分の名を探した。

“ニシ、ニシ・・・・あった。1年普通科C組”札だか紙切れだか忘れたがそれを持って体育館へ入った。席の並びは自由らしい。

 適当に腰掛け周りを見ると、おるわおるわ悪そうな奴等が。そしてそんな奴等に限って辺りを見渡し、真面目そうな奴等は目を合わせないように真っ直ぐ一点を見つめていた。

 入学式が始まった。校長や来賓の挨拶と中学や小学校となんら変わりない式であったが、一つだけ明確に違う点があった。それは各教師の紹介の時間の長さだった。なんせ100人もの数だ。それと驚いた事はやたらと体
育教師が多い事、おそらく5分の1強はそうだった、、、。

 どれ位の時間だったか覚えてないが長い入学式が終わった。まだ4月の初旬で肌寒い小雨の降る日だったが、新入生700人プラス教師100人、その他来賓数十人の体育館は熱気というか体温で蒸していた。これが欧米式9月の式典だったら男臭くて倒れているか、この時点で退学していたかもしれない。

 体育館を出て階段を下りているとデカイ男が目に入った。“あいがノナカか?<後のエース>”初対面だったが前年の全国中等学校野球大会で何度もテレビに映っていたので覚えていた。「デケェ〜なぁ〜」思わず声が出た。高1とは思えない体格と風格を漂わしている。

 校庭では各担任になる教師がクラス名を表示した看板を持ちガキどもを集めている。「普通科C組、普通科C組・・・・・」キョロキョロした視線の先に<1普C>と書かれた看板を発見。七三分けで眼鏡の色白のおっさんがそれを持って「1普C、1普Cはこっちだ」と叫んでいた。

 暫くするとそのおっさんの周りに悪そうな奴や真面目そうな奴が40〜50人集まった。おっさんが点呼をとり、揃ったところで教室へ向かった。

 でもこの作業の最中、貰った紙にクラスが明記してあるにもかかわらず間違えて並んだり、いつまでも自分のクラスを探せないでいる奴等が無数いた。クラスは全てアルファベットで分けられているのにそれが解らない、、、(やっぱアホが多いわ)としみじみ考えてしまった。

 教室は東校舎4階。お世辞にも綺麗といえない教室に入り廊下側から出席番号順に座っていった。ここでもアホな奴は自分の席を見つけるのに一苦労してた。“アルファベットやあいうえお順も解らんやつがおる、いったいどんな基準で入学させとんやこの学校は、、、。”

4列目真中に座った俺は周りを見てやんちゃそうな連中を物色してた。リーゼント、坊主、角刈り、七三と床屋の壁写真のような髪型が座る教室。その中でも数人目つきの悪い奴や態度がビッグな奴がいた。そのほとんどが後に応援団に入るとは考えもしなかった。というより自分が応援団に入る事さえ考えてもいなかったし選択肢にも無かった。だが、、、、、、、。

応援団入部まで1週間、団長になるまで1年半の入学式の日だった・・・・。




<続>



最終章・『伝説の武漢〜永久に・・・・・・』

 どれくらい眠っただろうか、、、微かな記憶では昨日の夜中に眠ったはずなのに、起きても外は暗いままだった。不思議な気持ちで時計を覗くと夜の10時過ぎ。眠りに就いたのが10時すぎだったから、かれこれ丸一日は寝ていたことになる。
 ふと頭に手をやると巻かれていた包帯が取れてマフラーのようになっていた。壮絶な記憶に背中を持ち上げるように体を起こすと全身に激痛が走りベッドから転げ落ちるように床に落ちた。
 その痛みから思わず出た大声にお袋が部屋に飛び込んできた。
 床に転がった俺を見て「やっと起きたんかいな、お腹減ったやろ、ご飯食べ」
 俺はてっきり喧嘩の事で小言を言われると思っていたから少し気が抜けた。

 頭を押さえ足を引きずりながらリビングへ行くと笑いながら俺を待っていた親父がいた。
「どや、ようやられたなぁ。まあそんな事もあるわいや」
 バレてた。
「そやけど先輩のアオキって言う奴はえらいやっちゃ。きちんと頭下げて帰ったで、自分の責任や言うてな」
 しかもすべて見抜いてる。
「さあ飯喰えや」
 この男には一生かかっても勝てないだろう。

 翌朝、全身の痛みを引きずりながら学校へ向かった。通学途中で会う連中は俺と目が合うと「どうやった?」「勝ったんか?」と声を掛けてくる。具体的な勝敗の行方が判らなかった俺は「えらい喧嘩やった」と答えるので精一杯だった。
 教室に入ると俺の席にヒトミが座っていた。
「あんた大丈夫?」。半泣きの顔が可愛かった。「よう殴られたて」無言で手を握るヒトミの瞳から止め処なく涙が、、、担任の先生は何も言わず授業に入った。

 放課後になるとユウジとカズがやって来た。カズはサビオをデコと目尻に貼り笑ってた。ユウジは喧嘩に行けなかった事を謝っていたがそんなことはどうでも良かった。またこうして笑えるのだから、、、互いの傷を笑い合っているとハルがこれまた足を引きずりながら登場。しかし、やつの顔には笑顔が無かった、、、。
「どしたんハルよ、元気ねえなぁ」。中々口を開かないハルを問い詰めると、思いもよらぬ言葉が!?どうやら先輩のタキグチが俺とケイゾウに殴られた事を逆恨みして全く違う話をでっちあげ後輩や仲間に吹きまくっていると言う。内容は俺やケイゾウ達が喧嘩に参加せず、後で先輩達に見つかってヤキを入れられたという作り話。どこまでも腐った奴だ。
「気にせんでええやろ、本当の事はすぐ判るで」。そう言って一笑したがこれが後に遺恨を残す事になってしまったのだ。狭い地域のことだ、それも超地元意識の強い土地柄、言った者勝ちみたいな風習がはびこり、後から吠えても受け入れられない土地体質とタキグチの話術と金に流され、真実は数年迷宮に入る事に、、、。
 こんなセコイ奴等と連るむのは御免だ。
 俺はこの時、地元を捨てたかもしれない。
 それから卒業までの日々は学校へ行く事もあまりせず、ほとんど家でボーっとしていた。 
 そんな俺を両親は何も言わずそっとしておいてくれた。

 卒業式があと2日と迫った日、ケイゾウが家に来た。いつもの笑い顔ではなく慌てた顔で息を切らし手からは血を流していた。
「どしたんやケイゾウ、怪我しとるがや」
 部屋に入り事の成り行きを聞くと、公園でタムロしていたヨウスケと後輩達に声を掛けたところ裏切り者呼ばわりされ、ブチ切れてどつき回して来たのだという。そしてその中の一人に一生残る大怪我を負わせ、それが原因でケイゾウは卒業式に出ることなく地元を離れることになった。そして同時にケイゾウはワルの世界からも身を引いていった。

 やりきれない気持ちのまま迎えた卒業式には10台程のパトカー、職員室には私服の刑事、体育館の周りにも警官が陣取り、異様な光景となった。目出たい儀式のはずが精神状態や周囲の状況で最悪の一日に。式が終わり学校を出る俺とユウジ、ハルやカズのもとに一人の刑事が近づいて来て、ケイゾウの居場所や先日の喧嘩について問いただしてきた。
「解らない」「知らない」を繰り返す俺たちに手を焼く刑事。押し問答の末やっと開放された俺達は腹を空かせ、いつもの『かおり』に向かった。
 お好み焼きや玉煎をほおばり、かおりさんと喧嘩の事や今までの楽しかった事をべらべら喋りまくった。そして俺たちは『かおり』からも卒業した。


 高校入学までの春休みに俺は大阪の友達を訪ねた。数年ぶりに大阪弁で喋りガキの頃よく行った駄菓子屋でたこ焼きを喰い、名古屋での嫌な想い出を払拭しようと必死だった。
 とにかく忘れたかった。なんとかして忘れたかったのだ。

 高校入学前のある日、俺とハルがアオさんやモリに呼ばれた。今置かれている俺たちの状況や今後の事をやさしく話してくれた。そこにタキグチも遅れてやって来た。アオさんはタキグチを一喝したが、それ以上こらしめることはせず、俺たちとタキグチに「仲良くやれ」とやや強い口調で言った。
 渋々握手する俺とタキグチ。それを見届けるとアオさんが口を開いた。それはとんでもない言葉だった。
「こないだの喧嘩の代償がどえらい大きいんや。車、事務所、怪我人・・・あれだけの責任を数えたら幾らになるかわからんぐらいや。それでな、それで…俺が奴等の下で下働きするということで許してもらった。だから俺は此処を出て行く。後はモリに任せるでな。とにかくお前等に手打ちしてもらいたかったんや。それが俺からの最後の頼みや」

 突然の話に愕然としたが、俺たちをかばって責任をとるアオさんに涙が止まらなかった。それから間もなくアオさんは地元を離れ、俺たちが牙を剥いて喧嘩した十○夜隊の上部組織<愛国青○会>の一員になり、あの喧嘩の代償として体を張り続ける日を送った。
 俺はといえば、なんともやるせない気持ちのまま高校に入学したものの、所詮15歳のガキのこと、新しい仲間が出来れば辛い想い出などだんだんと頭から離れていき、新鮮で楽しい毎日を始めていた。ただ地元については無関心を通し、集まりや走りにも参加はしなかったた。時折ユウジやハル、カズ達と遊ぶものの心は完全に地元から離れていった。

 高校生活は馬鹿な友達と馬鹿をやり、応援団でしごかれる毎日を有意義に過ごした。そんな毎日が嫌な想い出を忘れさせたのだが、2年夏の甲子園から帰った暑い夜、一本の電話が入り悲しい過去に引き戻された。
「もしもしエイイチか?アオさんがな・・アオさんがな・・・・・」
 声の主はユウジだった。
「アオさんが、アオさんが」
 とてつもなく嫌な予感が走る。「アオさんがどしたんや!ユウジ!」
「……」
 言葉にならないユウジからいつしか兄のノリ君が受話器を奪い取っていた。
「よう聞けよチビッ。アオキが死んだんや!アオキが死んだんや〜!」

「えっ? アオさんが? ノリ君、どういう、事?」
 長い沈黙の後、ノリ君はアオさんが車の事故で死んだと話してくれた。葬儀は身内だけですでに済ましたということも一緒に。

 俺は受話器を落とした。
「アオさん」「アオさん」「アオさん」……。何度も何度もアオさんの名前を腹の底から叫び号泣した。手も口も足も、体中全部が震えていつまでも止らなかった。

 それから数日が過ぎ、ニ学期が始まって間もなくモリ先輩から集合命令が出た。場所は地元の『すかいらーく』。あの喧嘩以来ほとんど顔を出さなかった集会に顔を出すと当時の後輩達が一端のやんちゃに成長していた。
「コンチワッス」。
 あの頃俺やケイゾウを裏切り者扱いしていた連中がどういうワケか頭を下げ挨拶してくる。訳が解らないままとりあえず空いた席に腰を下ろした。
 しばらくするとユウジやハルもやって来た。辺りを見るとあの喧嘩に参加したマサシや他の先輩連中や他校の不良達も顔を揃えた。店内にはさらに続々と猛者が集まり、その数は店のキャパをはるかに超え、総勢百数十人を数えた。
 不思議な事にその中にはどんなに捜してもあのタキグチの姿はなかった。

 百人ものワルを前に、モリ先輩の口が開かれた。
 アオさんの本当の死因やこれまでの話、アオさんの意志ともとれる言葉が、次々に、そして静かに発せられていく。店のあちこちですすり泣きが響く。
 次いでモリの腹心のヨシモトから『送り火走行』をやるという案が出された。アオさんが風を切り、あの頃突っ走ったロードをもういちどだけみんなで走ろうというのだ。もちろん皆は賛同し、友好チームや他のチームにも声を掛け盛大にアオさんを送ることで意見がまとまった。

 集会が終わり、店内が帰る者でごったがえす中、俺はヨシモトにタキグチの事を尋ねた。するとヨシモトは地元から奴が逃げたことを教えてくれた。後輩への執拗な集金(上納金)や先輩達へのウソやでまかせが仇となり、どうにも居られなくなったという話だった。
 俺の居ない一年半余りで状況はかなり変化していたのだ。そんな話をしていると数人の後輩達がやってきて俺に頭を下げた。
「先輩、すいませんでした。タキグチ君の話を鵜呑みにして先輩やケイゾウ君の事を悪く言ったりして。本当にすいませんでした」
 何度も何度も頭を下げて謝り続ける後輩達に俺は言葉を掛けることはしなかった。いや、声を掛ける気がしなかったというのが本音だ。そんなことはもうどうだっていい。ただ真実が判って良かったなと、客観的な感想を持ったぐらいで、これで潔白になったとか、スッキりしたとか、そんな特別な思いなんてなにもなかった。

 一週間後。あの喧嘩の時に集合したボーリング場跡地に無数の単車と4つ輪が集合した。その数は200を超えていただろう。
 驚いた事に、その大群の中にはあの(青○会や十○夜隊)文字が入った車や街宣車もいるではないか!しかもその街宣車の上にモリとヨシモトが立ち拡声器で叫んでいる。

「今日は暴走じゃない、アオキ先輩を送るために、あの凄い先輩を忘れないために走るんだ!ルートは23号を走り鍋田埠頭へ行き海に送り火を流す。わかったなっ!」
「おおお〜!!!」

 合図と共に国道へ流れる200台のマシン。ルート23とゼロヨンの聖地・鍋田はアオさんがもっとも大好きなルートだった。
 唸るようなエンジン音を止め、埠頭には静寂が訪れた。暗く静かな海に200人がそっと送り火を流した。俺は水面に揺れる火とアオさんの顔を重ねながらただただ涙を流し、そして無理矢理アオさんに別れを告げた。他の200人の大半も俺と同じことをしていた。
 その夜のルート23には、アオさんの冥福を祈るようにホタル(テールランプ)が延々と灯り続けた・・・・。


 アオさん、今もどこかで俺を見守ってくれてますか?俺はアオさんが言っていた事を守れてますか?生きていれば45歳ですね。きっと何度も一緒に酒を呑んでるでしょうね。俺は今でも貴方の背中の大きさを忘れません。いつまでも貴方の背中が見えるからつまらん人生は歩きません。ボチボチでいいからしっかり生きて行こうと思います。アオさんの言っていた「武漢道」を貫くためにも、俺らしく、っていうかそれしかできないんで、絶対俺らしく生きて行きます。じゃ、アオさん、また。


最高の武漢、アオキに捧ぐ




実録!武漢道・完結



第7章・大乱闘(後編)

 喧嘩の輪に戻った俺たちの目に移った光景は、まさしく地獄絵図だった。額から血を流し倒れている奴、パイプを振り回し暴れまくっている奴、チョーパン合戦を繰り広げている奴等と名作『仁義なき戦い』がスクリーンから飛び出したような迫力と緊迫感が全身を覆った。

「チビ~、呆けッとしとんなよ~!みんなおるんかぁ」
 特服野郎の胸ぐらを掴みながらアオさんが言った。
<アオさんや!>
 俺達はアオさんの勇姿を見つけ俄然元気が出た。

「よっしゃ~、いったるぞ~!」
 俺たち4人は菱の形で陣を組み火中に飛び込んだ! 所詮不良でも中坊は中坊、大人相手のタイマンにはちと体力不足。それをカバーしようと4人掛かりで1人や2人を殴り蹴りしてなんとか攻撃をかわした。
 が、しかし・・・そんな子供だましの戦術が長く持つはずがなかった。

 ケイゾウが捕まった。
 学校no.1の体格と怪力の持ち主も2人組にボコボコにされ失神状態になった。その光景に、俺は今までにない憤りが全身を突き抜けた。

 <ツレが、ツレがやられた。あんないい奴が、おもろい奴が、、、ケイゾウ~!>

 この時初めて眠っていた別の俺が生まれた。
 今までは自分がやられたり文句を言われた時にしかスイッチが入らなかった俺が、仲間がやられているのを初めて見てそれまで以上に強力なスイッチが入ったのだ。
 今思えば、このときが後年の俺、いや現在の俺の気性を形成したのだろう。

 半死のケイゾウに群がる奴等に突っ込み消火器を振り下ろした。頭を押さえつけ倒れた奴に馬乗りになりフルパワーで殴り続けた。途中他の特服に引き離され、ど突つかれ、蹴られ、出血しながらも、またさっきの奴だけを狙い殴り続けた。
 そいつも反撃を開始した。殴り殴られ蹴り蹴られ、一進一退を続けるなか決定的な一撃が放たれた!

 ガァッツ-ンン!  受けたことのない電流とと激痛が頭に走った、、、、

 <なにが起きた?なんだこの感覚?なんだ背中に伝う冷たいものは?>
 一瞬すべての感覚と感情から解放され、無重力な時間帯が俺を包んだ。

 ドサッ。
 地面に倒れこむ自分がはっきりと判った。その後、蹴りまくられる自分が映った。夢のような、まぼろしのような、経験したことのない時間の中でボコボコにされ続けるオレ。
 死ぬかも……と思った瞬間、息もできないほど苦しくなり、同時に全身に激痛が電流のように走った。
 いっそ死んだ方がよかっ……
 俺に対する攻撃が止んだ。わずかな安堵の中、頭に手をやると、その手が真っ赤に染まった。恐ろしいの量と色とネバネバと……

<ひょっとして、やっぱ、死ぬかも?>

 頭の痛みも体の痛みも感覚が無くなり、おまけに気も遠くなりかけた時、
「どや、いけるか?」と腕を掴み起してくれた男が、、、
 目にも血が入りぼやけて前が見えなかったが、その声からモリ先輩と判った。

「先輩すんません、やられてまったわ」
「ようやったんだにゃぁか?よう暴れとったがや。がんばったな」
 見上げた先輩は笑ってた。
「先輩、ケイゾウは?」
「ケイゾウも大丈夫や、とりあえず生きとる」

 なんだか急に全身の力が抜けた。
 先輩に体を委ねていると、怒声や罵声がいつのまにか止んでいた。地面からはうめき声や小競り合いの声はきこえるものの、、、、。

 どれくらいの時間が経ったかわからないが乱闘は終わったようだ。
 誰に渡されたのか解らないタオルで顔を拭き、それに付着した血に二度驚きながらも喧嘩が終わったという実感が満身に広がった。

 目を凝らすと○翼の親玉らしき連中とアオさんや他の先輩がなにやら話をしていた。その光景や表情からはとても和解の図には見えなかった。

 しばらくして俺達に解散命令が出た。なんとか自力で歩こうと先輩から離れ仲間を捜すと、バスにもたれたケイゾウや顔がボコボコのハルや、血だらけのカズがへたりこんでいた。
 お互いが姿を確認すると声も無く手を揚げるだけだった。
 ケイゾウの横に座りタバコを一服。無意識のうちに肩を組み夜空を眺めていると、カズとハルも寄って来た。
 互いに原形のない顔を見て笑い、「さあ、帰るか」と腰をあげ車の方へと向かった。
 足を引きずり顔面を押さえ、見た目には敗戦兵士だが、俺たちは共に戦った充実感と、大袈裟だが生きてるという安堵感で心が満たされていた。

 車に戻ると何故か罵声が聞こえた。
「馬鹿野郎!」「なにしとるんだ、おみゃぁらは」
 輪の中を覗くと土下座したタキグチとヨウスケがいた。聞けば喧嘩に参加せずずっと車の辺りをウロウロしていたという。
 聞き苦しい言い訳を並べるタキグチに先輩達は拳を振り足を上げ、いわゆる<ヤキ>が始まった。

 しばらくそれが続き、ある先輩が止めに入ってその儀式は終わった。
 しかし俺たちの怒りが収まらない。いつも俺たちをアゴで動かし格好ばかりつけてたタキグチに、怒りと軽蔑を思い切りぶつけ爆発した。

「タッキグチ~」。バッカン、バッカン、ボッコン、ボッコーンッ!!
 気が狂ったように殴り続ける俺をケイゾウが止めに入っている時だった。
「うらぁ~っ、お前ぇ~、死ぃねや~ぁ!」
 ケイゾウが振り下ろしたパイプにタキグチがグッタリした。
 興奮する俺たちにアオさんが怒鳴った。
「もう止めろっ!身内やろ」
 アオさんは続けた。
「ええかお前等、もう喧嘩は終わったんや。こんな事は二度と起すな、いや起こさせん。ええか、仲間を裏切るな!仲間を見捨てるな!信念を持て!何があっても最後まで武漢(おとこ)でおれ!今日を忘れるな!」
 アオさんの言葉に涙が溢れた。
 俺だけじゃない、みんなみんな泣いていた。

 その後、俺たちはアオさんやモリに救急病院に連れて行かれ、治療を受けた。
 ケイゾウは無数の打撲で安静に、ハルやカズは裂傷でおびただしいほどの消毒を、そして俺はパイプで殴られた痕を3針縫う事になった。

 体の傷と心の傷。あの日のことはたとえ死んでも忘れない。いや、そう易々とは忘れさせてくれないだろう。

(続)



第6章・大乱闘(前編)

 俺たちは先輩に指示されたとおり、街宣車やマイクロバス、行動車に攻撃を仕掛けた。
 ハルとカズは赤いスプレーを手に街宣車を塗りたくり、俺とケイゾウ、その他大勢はマイクロのガラスを割ったり、行動車をバットや鉄パイプで原型を無くすほどにど突きまわした。

 暗闇と静寂の夜に凄まじい破壊音が響く、、、
 俺達中坊軍団は物を破壊する快楽に奇声を上げて暴れまくった。
 バットを振り回す奴は「ナイ・バッチン!」を連呼し、スプレーを噴き散らしている奴は、ノッポさんか亜土チャンのようにはしゃいでいた。
 「壊れる」とはまさにこういうことを言うのだろう。

 突如、マイクロが左右に激しく揺れ始めた。
「何だ?」
 暗闇に目を凝らすと、バスの片側に大勢のヤンキーが群がりバスを倒そうとしていた!
「おい、こっち来な潰されるぞ!」
 モリが目をギョロつかせながら叫んでいた。
 割れたガラスからバスの中めがけて無数の爆竹が投げ込まれる。
 パパパパパ~ン!パン、パパパ~ン!
 バスの中は煙で何も見えなくなり、硝煙の匂いが辺りに立ち込めた。

「いったれや~」
 誰が叫んだか解らないが、その号令とともに一段とバスの揺れが激しくなった。
「ウオリャァ~」「行け~」「死ねヤー」「やったら~」

 ズ、ズ、ズ、ズ、ドッシーン、ガッしゃん、ドォーンンン…

 今まで聞いたこともない爆音と地響きが俺たちを包んだ。
 巨大なアフリカ象がハイエナの大群に襲われ、やがて力尽きて大地に倒れていくように、バスはスローモーションでアスファルトに倒れた。
 巨大な象を倒した俺たちハイエナは、狩りの成功に歓喜し、思い思いに気狂いじみた奇声をあげ乱舞した。

 勢いに乗った軍団は行動車のドアを破壊し、街宣車内に乱入し機材や椅子を破壊し続けた。このときは<喧嘩>という名分をわすれ完全に破壊工作員に化けていた。物を壊す事とその破壊音に快楽を感じ、今までに経験したことのない後ろ向きの快感に酔いしれていたときだった。

「き、き、き、来たぞ~、来たぞ~。かかってくるぞ~」

 誰かの叫び声を聞き、敵の事務所の方を見ると、揃いの特服軍団が怒声をあげてもの凄い勢いで俺たちへと向かってきた!
 暗闇でその数は明らかではなかったが、20~30人の狂犬が額に怒りマークモロ出しで向かって来ていたのだ。
「離れるなよ!あいつ等を囲んでまえ!」
 マサシが叫ぶ!俺とケイゾウ、ハルとカズは奴等の背後に回ろうと街宣車を盾に逆走した。

「コッラ~、どこぞの者じゃぁ~!おどれらブチ殺すぞ~!」
 奴等の声がはっきりと聞こえ距離が縮まってきたことを肌身に感じた。
 俺は軍団を離れ、乗ってきた車に走った。
「エイイチ~どこ行くんじゃぁ~」
 ケイゾウの声に「消火器だがや、消火器~」
 その言葉にケイゾウも走った。

 車に戻り消火器を手にすると再び喧嘩の輪へ全力疾走、、、、、このたった数分の間にその場は修羅場と化していた!
 どつきあう者、蹴りを入れる奴、パイプや棒を振りかざす奴、怒声罵声絶叫、色んな音が入り混じりヤクザ映画の乱闘シーンが目の前に広がっていた。

「なんじゃこりゃぁ!?」
 あまりの凄まじさに立ち尽くす俺達。

「どうすんや?突っ込むんか?」 ハルが見せたたこともない顔でみんなに問い掛ける。「・・・・・・・・」
 無言の俺達。お互いが顔を見合わせていたその時、バスの陰から黒い影が飛び出してきた!

「コッラ~、おみゃあらあも仲間きゃぁ~。ガキでもなんでもやってまうぞ~!おお~う」
 特服を着た坊主頭とパンチの大男が余裕をたれながら俺たちの前に立ちはだかった。

(なんちゅうデカイ奴とごッつい奴。勝てるんか?)

 ケタ外れの威圧感と怒声に<蛇に睨まれた蛙>状態の中、奴等の拳がカズに向けられた!
 ボコッ、バッカァーン! 
 秒殺だった。
「カズ~ぅ!!!」。ハルが絶叫しながらカズのもとへ走った。鼻血を出しぐったりしたカズを起そうとしたハルに奴等のパイプが振り下ろされた!
 ガッツ~ン
 頭を抱えもんどりうつハル。

<格が違うのか、場数が違うのか、、、、>。色んな喧嘩や修羅場をくぐってきたが、ツレがこうも簡単に秒殺される姿は初めて見たし、正直やられるとは想像もしていなかった。同時に脳裏に「殺られる」という文字が浮かび始めた時、ケイゾウが怒声とともに奴等にぶっ込んだ!

「なんじゃあ~おりゃあ~!!!」
 奴等もケイゾウ目掛け走った。その動きに我に返った俺も走った。
「こっちこいや~!」
 次の瞬間、俺は手に持った消火器を奴等の顔面めがけ発泡した。
「うわ~、なにするんだ!クソガキがぁ~」
 続けてケイゾウの消火器からも発泡。濃紺の特服が消化剤でピンクに染まり、煙と泡に巻かれて目を覆う特服たち。
 「ケイゾウ、今や!やったれや!」
 ケイゾウはパンチ男の脛を、俺は坊主頭の顔面を消火器でしゃくりあげた。

「うっぎゃあ~」「痛ってぇ~」
 地面に倒れた2人を気が狂ったかのようにどつきまわす。叫べば叫ぶほど、痛みを訴えれば訴えるほどに強く激しく、殴る蹴る。
 それまで倒れていたハルが無表情で起き上がり、俺たちに加勢して、俺たちよりもさらに激しく、感情的に蹴りたくる。

「なめとんかコラ!飛んどけや~!」
 ハルは血走った目でパンチの背中に点火した爆竹を放り込んだ!

 ………特服の中で弾ける爆竹は音がこもって聞こえた。
「熱っちい~、痛ってえ~、ああ~」
 地獄の制裁の中で泣き叫ぶパンチ野郎。未だ目が見えない坊主頭が
「おみゃあら、なにしてくれたんや~」と叫ぶ。
 ハルから取り上げた爆竹に火をつけ「おまえも飛べやぁ!」
 そいつの背中にも爆竹が放り込まれ、あらためて丁寧かつ強烈に顔面を蹴り上げた俺。
 戦況を把握し、ケイゾウは血だらけのカズを抱え合図をおくった。
「もう大丈夫や」

 数分間の地獄絵図に息も絶え絶えの4人。だがどの顔にも精気が戻った。
 しかし集団の輪からは怒声や金属音が勢いを増していた。

 喧嘩はまだ始まったばかり。
 俺たちの顔もまだなんとか原形を保っていた。
 


(続)




2007/06/07

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