上がるわ凹むわ剥がれるわ。

 冬の話題をひとつ。
 父の一張羅の勝負ブーツはグッチである。コードバンという立派な馬革製でゴムのソールがついていて、編み上げになっている。
 ある帰り道の夜11時過ぎ、東海道線の車中で父のケータイが震えた。わが家に棲息している中年女性からだ。父は電車の中では基本的に電話には出ないことにしている。
 電話をギュッと握った。止まれ、と念を込めて。止まった。そしてまた震える。もう一度握る。止まれ!
「握る」と「止まる」の間に因果関係はないけれど、なんとなく握ると止まるものだ。「震える」「握る」「止まる」を3回ほど繰り返しているうちに、タイミングをつかんだだけの話なのだろう。たぶん、止まるギリギリのところを見越して握っていたのだ。
 謎の中年女性とて、父が車中では電話に出ないことを知っているはずだ。にもかかわらず3回も4回もかけてくる。ということは……
①何か大変なことが起きた
②謎の中年女性がのシステムがクラッシュした
 ということが考えられる。さらに①も「父が何かをしでかして、その証拠が出てきた」か「それ以外」かに分類できる。またそれによって②が生じることもあり得る。いずれにせよ電話越しなのだから、怒られたって、ライブよりは全然怖くないのだ!
 父は勇気を振り絞ってコールバックした。
 タケダテツが高熱で倒れたという。で、すでに市民病院にタクシーで到達したと。市民病院にはお医者さんがいて、タケダテツの温度をはかったり金属のヘラで舌を押さえたりしてくれるわけで、父が駆けつけたところで、何の戦力にもならんのだが、こういうときは駆けつけるものなのだ!
「とりあえず怒られることがない」というよいニュースと「タケダテツ高熱!」という悪いニュース。父の胃はモヤモヤと痛むのであった。

 救急救命病棟では、タケダテツが見慣れたドラゴンボールのパジャマを着てぐったりしていた。
 39℃。
 ビニールレザーのソファに倒れ込んでいる。寒い寒いと泣いている。ああこりゃいかん、かわいそうに。
 こんなときドラマならば抱きしめてやるのだろうが、これは現実だ。それに父はそもそもそうした陳腐なドラマが嫌いだ。タケダテツの隣に腰掛け、頭に手をやって「大丈夫か」と尋ねた。大丈夫なわけはない。寒泣きしているのだ。
 乳会社ならば。もとい、父が医者ならば注射か点滴の1本も打って、タケダテツと中年女性に対して「もう大丈夫」と言えるのだろうが、父はライターだ。職業的属性をめいっぱい発揮したとして、ちょいと洒落た慰めの言葉をクリエイトするぐらいのことしかできない。でもそんなおしゃれフレーズはリアルではない。タケダテツが日頃欲しがっているものを買ってやる約束をすることで、精神面からのサポートを試みようとも思ったが、やめた。よけい興奮して熱が上がってもいかん。全快したらなんか買ってやろう、うまい棒でも。
 結局「大丈夫か?」と繰り返すことと、いろんな検査の順番待ちにタケダテツの母の話し相手になることと、タケダテツの母がトイレに行くとき留守を守ることで、父の病院における役割は果たされたのだ……ということにしておこう。
 すべてが終わって、すうすう眠るタケダテツを抱きかかえてタクシーで帰路につく。重くてしっとりしている。家に着いたらパジャマを着替えさせてやらねばならない。ポケモンかムシキングのやつにでも。そして父は、タクシーの中で腹ぺこであることに気づいた。夕食を食わねばならない。もう2時だけど。

 ドアを開けた瞬間、赤ん坊の絶叫が聞こえた。うちにはもうひとりいたのだ。たけだりおは放置である。
 アー忘れてた。めちゃめちゃ泣いているじゃないか!父は急いで両足の編み上げブーツの紐を解いた。片足のつま先でもうかたいっぽのかかとを踏んづけ、グイッとブーツから足を抜く。抜けない。ひものほどき方が甘いのか。テツとりおの母はさすがに忘れてはいないらしく、玄関先で「もうちょっと早く帰れると思ってたの。わーゴメンゴメン」とつぶやいた。素早くサンダルを脱いで部屋に上がる。アー待って待って。父は焦ってさらに力強く足を抜こうとした。メリッ。ギャーッ。
 ベビーベッドの間から、今度は中年女性の絶叫が聞こえる。父はマッハで、紐を緩めて丁寧にブーツを広げて片足ずつゆっくり急いで引っこ抜いた。
 たけだりおは母に抱かれて機嫌を取り戻した。濡れた瞳が蛍光灯を反射してキラキラと輝く。口角もグイグイ上がっている。ところがだ、泣いてる最中ずっとベビーベッドの、檻みたいになった柵のところに顔をぎゅーぎゅー押し付けていたらしく、せっかくニコニコ微笑んでいても頭はベコンベコンとところどころ凹んでいるのであった。 
 母の絶叫はそのせいだった。なでなですると笑う。頭はペコペコだけど。タケダテツは高熱など嘘のように「おなかがすいた」と言い、父は結局、無惨にソールが剥がれたグッチのブーツのことを誰に告げることもできなかった。


※ 頭のペコペコは翌日には治りました。
※ グッチのブーツはシーズンが終わったのでそのままです。



やわらかいからって、何だ!

この背中のところにあぶらが乗ってるのだ。ぷにぷにである。


 わが娘を腕にいだくと、その背中がぷりぷりとあまりにやわらかい。
 8年ほど前からおれんちに住みついている中年女性に「なんかやわらかくない?」と尋ねてみると、「女子のほうが男子よりもやわらかいものだ」と言う。
 年頃の女子の肉体が男子よりやわらかいのは当然だが、そのやわらかみの根っこみたいなものが、ゼロ歳からすでに発しているとは驚いた。
 おどろくと同時に、武者震いするほどしみじみと思った。

かわいいぜベイビー。

 かわいくてやわらかいのはいいのだが、抱いていないと泣く。
 おれはつねづね、全身のバネをくまなく活用して、彼女に快適なだっこ状態をクリエイトする。いや、超快適といってよいだろう。そしてりおはとろ~りとなる。とろ~りを見計らってベビーベッドに置くと泣くのである(置くと泣く件に関しては、ずいぶん前mixiとかいうやつの日記で書きました。参加されてる方は検索して発掘してください。本名登録でございます)。
 泣くのは赤ちゃんの仕事だが、それでも泣き方というものがあろう。
 おれは全身全霊を込めて、まるでイタリア製のソファかのように快適だっこ空間を生み出す父である。つまりだっこ時、りおのステキ指数はプラス100ぐらいはあるはずだ。ベビーベッドに置いたところで、せいぜいそれがなくなる程度。最悪でもプラマイゼロになるだけの話である。
 しかも“置かれてることを意識させない”ように細かなワザを駆使している。ベビーベッドの接触面を体温ぐらいに温めたり、だっこ感を失わないように、置いた瞬間掛け布団(もちろん人肌♡)をかけたり……。

 だが、そんな小手先のワザはりおには1ミリたりとも通用しない。りおというのは、きわめてしたたかな女だ。世間には子どもを床に叩きつけたり、箱に入れてベランダに放置したりする鬼親がいると聞く。りおは、まるでそういう扱いを受けたかのように泣く。ベッドに置かれただけなのに……。
“いまある快適な状況がなくなった”という泣きではなく、生命の危機が近づいているかのような泣き。パンがなければケーキを食べればいいのに、って言った人のことをちょっと思い出す。
 ちょいと背中がやわらかいからといって、調子に乗りすぎである。



りお誕生。
この写真ではあまりわからないが、相当ガッツだった。今は違う。

 子どもはあんまり空気を読まない。
 りおが生まれたのは8月15日で、ヨメの実家のある神戸でだった。生まれる前から女子だという情報をつかんでおり、名前もりおに決定していた。あとは漢字だ。
 父が新大阪駅に降り立った昼1時ごろ、産んだ本人から電話がかかってきた。分娩室の、あのハードコアな感じのベッドに横たわりながら、自らケータイで「生まれたよお~」って。
 新大阪から病院までは40分ぐらいだ。どうせここまで待たせたのなら、あと40分ぐらい待ってくれてもいいのに。スポンと出てきたという。

 実は前日夜9時ごろヨメより「ヤバイ生まれそう、産婦人科行く」という連絡が入り、父は大いに狼狽したのだった。そのときは代々木公園近辺の仕事場にいた。微妙に仕事を残しており、それをクリアしてからでもなんとか神戸に戻る手段を模索した。ネットであちこち検索し、しすぎたためにかえって仕事が遅れ、神戸に帰れなくなった。
 ああ生まれたらどうしよう、ヨメにしかられる――しょんぼりと帰りの小田急線に乗っていると、「今日はない、たぶん明日」というメールでケータイがぶるぶる震えた。ホッとして「わかった、できるだけ早く帰る」と返信し、朝一番の新幹線で帰るべく目覚ましを5時にセットして寝坊した。

 ヨメの電話の声が少々憤慨しているようだったのでわけを尋ねると、タケダテツ当事5歳とルーちゃん(ヨメのお母さん)が病院に来ていないという。お昼前に家を出たはずなのに、2時間たってもつかなかったらしい。
 ようやく連絡がとれたときにルーちゃんは答えた。「ゴメンねー、テッちゃんとムシキングやってたのー」。
 いよいよ妹が生まれるという瞬間に、わざわざ画面上で架空の虫どもを戦わせなくてもいいのに、きょうもやるといったという。

 産院に向かいながら父は思った。
 テツもりおももっと空気を読むように。
 分娩室でヨメに抱かれたりおは、ガッツ石松氏に似ていた。ほとんどの赤ちゃんがガッツ系か朝潮系かに分類できる、という話を聞いたが、のちに新生児室に移されたときに見たら、りおは室内一、ガッツ氏に似ていた。となりに寝かされていた4000g級の巨体女児は、池波志乃に似ていた。りおより2日ほど年上で、すでに小料理屋のおかみの風格を漂わせていた。
 りおは、結局、理央になった。



2006・恋  〜 承前 〜
2歳でこんなに湘南BOYだったのに……
いまは波打ち際恐怖症。慣れるのに小一時間を要する

 タケダテツとその父の生ぬるい日常をぼんやりとつづった『子育て父さん湘南物語』は結局11話まで書かれた。そして途絶えた。話は、3歳を目前にした彼が変身することに夢中になっている、というところで終わっている。  実はその後、父はタケダテツとともにふたりで自転車に乗って鵠沼の海まで出かけた。12話にはその話が書かれるはずであり、実際にも原稿への着手はしてみたのだ。

 それは、ものすごく気持ちのいい初夏の1日で、普通ならば父と母とタケダテツでどこか近場に出かけてちょっとした買い物をして、ときおりタケダテツのヘタレぶりを叱り、それによって彼は泣き、それでもまあまあ満足のいく1日ではなかったかと思い返すような、小市民的な幸福に浸るはずであった。だがなんとなく思い立った。父は「テツと海に行ってくる」と言い、母は「そう」と言った。
 「テツと海に行ってくる」。息子と男2人で海へ……カッコいい。ボーダーシャツとチノパン、素足にデッキシューズ的なカッコよさだ。まさに湘南気分、満喫。この瞬間のために、この町に暮らしていると言ってもよい。これが息子が中学生で、父が漁師ならばNHKのドキュメンタリー的演歌的世界が広がるだろう。『父子舟』とか、そういう類の。
 要は、父にしてみれば「テツと海に行ってくる」というセリフを吐きたかっただけなのかもしれない。ともかく、タケダテツとその父は電動アシストサイクルに2ケツして、鵠沼の海に出かけたのだ。
 あまりに気持ちよかった。道中、別に大したできごともなかった。無尽の幼稚園の園庭を見て「行こうね」と話し合ったり、ものすごく少ない語彙数を駆使してしりとりしたぐらい。日陰に入ると風が少しひんやりして、「ひゃあ」と言うと、タケダテツは後部のチャイルドシートで足をぶらんぶらんさせながら笑った。海に着いたらオムツをぬらしながら、浜に穴を掘り基地を作った。オムツはその数ヵ月後のある朝、目覚めたタケダテツが開口一番「今日からおれ、ウルトラマンのパンツにする」と宣言したことにより撤廃されるのだが、それはまたべつの話。

 父は、この日のできごとを書けなかった。おもしろくてさわやかで心地よかったことを、上手に書くことができなかったのだ。
 で、3年半ほどがすぎた。
 で、書いてみた。上手に書けるようになったわけではなくて、上手に書く必要がないとわかったからだ。年をとってちょっとゆるんだだけかもしれないけど、サラサラ~っと書いた。

 タケダテツは6歳になり、おっさん風な食い物の嗜好は強化され、なぜかヘタレ度合いも強化された。いまでは波打ち際が怖くてなかなか近づけないほどだ。
 それと、うちに新メンバーが加入した。たけだりお3カ月。花のようにかわいい女の子である。



Vol.11 「へんしんッの巻」
テレビマガジンという雑誌を買ったら、
おまけについてた「なりきりセット」。
『アバレンジャー』のアバレッドというキャラです。


 我が息子は『トイ・ストーリー』とかが好きで、ウルトラマンとかナントカレンジャーとか言い出さないので、なんとなくおしゃれ的でよいなあとほのかに思っていた。「やっぱりウチのテツはひと味違うぜ」的な、わけの分からん喜びがあった。タケダテツの父はアホ親だ。
 今やタケダテツ、変身しまくり。「ごはん食べや」といえば「へんしんッ!」、「これ! いいかげんにしなさい」と叱れば「へんしんッ!」。何に変身するのか聞いてみたら「らいだぁ」。またあるときは「はーりけんじゃ」。
 『龍騎』(そういう仮面ライダーがいるんですよ)といえばソーセージの一種だと思い、『ハリケンジャー』(『ゴレンジャー』から始まる戦隊もののひとつです)といえば、別のソーセージの一種だと思ってたくせに。『仮面ライダー龍騎』は本放送1回も見たことないくせに、『忍風戦隊ハリケンジャー』は最終回しか見たことないくせに。何を突然変身しとるんだ。
 変身するとき、タケダテツはそのもみじのようなキュートな手(バカ!)を胸の前で交差させる。父も母も「変身」ということばも、変身ポーズも教えた覚えはなかった。いったい誰に習っとるんだ。
 確かに、最新ではない仮面ライダーはウチにいた。父の部屋のデスク近辺に、食玩の本郷猛と仮面ライダー1号がいた。ヤツらは変身ポーズをとっていた。そいつらの名前は教えた。「ほんほんたった」(本郷猛の意)「らいだぁ」とは言えるようになっていた。
 でも、ホント、変身は教えてないんだよねー。たぶん、あらかじめ男子のDNAに「変身」ということが書き込まれているのであろう。
 そんなこんなで、父も母も結構なアホ親なので、ハリケンジャーとか仮面ライダーのビデオを借りてきて見るようになった。ハリケンジャーはとても子ども的なので、タケダテツも楽しく鑑賞し、すぐ歌も歌えるようになった。
♪しゅしゅとと〜、かくかくかく〜、はーりけんじゃ♪
 最初はもっと長く、しっかりと歌っていたのだが、どんどん短くなり、今の形になった。
 仮面ライダーは、とても難しい、大人の人間ドラマであることがわかった。借りてきたビデオはタケダテツ就寝後、父と母とがゆっくり鑑賞している。




2007/07/05

上がるわ凹むわ剥がれるわ。

2007/02/05

やわらかいからって、何だ!

2006/12/25

りお誕生。

2006/11/30

2006・恋  〜 承前 〜

2006/08/18

Vol.11 「へんしんッの巻」
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